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illion – 「P.Y.L」レビュー

E_JK_OMOTE

先日発売されたillionの新作「P.Y.L」を早速聴いた。前作「UBU」も野田洋次郎のパーソナルな部分が表れた名盤だったが、今作「P.Y.L」は個人的に、更に深化したアルバムだと思った。

Thom YorkeやJames Blakeにも通じるような、非常にパーソナルでいて、そして実験的な作品群だ。
サウンドメイキングにおいて、特にその実験性が表面化しているように思えた。恐らくMAX/MSPを使用しているのではないかと感じたのだが、リズムトラックに特に顕著にその特徴が表れているように思う。
Aphex Twin, Autechre, Jonny Greenwood(RADIOHEAD)などのアーティストが愛用しているMAX/MSPと言うグラフィカルなパッチプログラムは、音楽に偶然性をもたらしてくれる。余談だが、僕も普段このMAX/MSPを愛用している。リアルタイムでギターやトラックの音源を流し込み、自身でプログラミングしたパッチを通す事で、非常に偶然性の高いリズムが出来上がるところが気に入っている。
勿論、使用用途はもっと沢山あるので、実際野田洋次郎が今作でMAX/MSPを使用していたとして、どういった使い方をしたかまでは分からない。ただ、収録曲を聴いていると、その随所で使用を感じる事が出来る。

楽曲としては、あくまでしっかりとした歌が入った楽曲である事、そしてその上でリズムへのチャレンジや上物の偶然性が生んだシンセサイザーのフレーズなど、音楽に対しての実験性が内包されており、聴いていてフックになるパートが数多く存在する。

前置きが長くなってしまったが、1曲ずつレビューをしていきたいと思う。

1曲目「Miracle」でこのアルバムは幕を明ける。とても邦楽とは思えないピアノのボイシングとコード進行から、英詞で歌われる事が前提となっているような特徴的な美しいメロディが入って来る。野田洋次郎の歌声が優しい。コーラスワークも邦楽とは思えないアレンジだ。間奏のチェロがノイズになるギリギリのアレンジになっており、フックになっている。歌の裏では壮大さを出すような感動的なロングトーンを披露している。
シンプルながら、楽曲の素晴らしさとチャレンジが見え隠れする名曲だと思う。前作「UBU」の1曲目「BRAIN DRAIN」も今思えばそうであったが、とても特徴的なピアノの楽曲だ。

2曲目「Told U So」イントロでリズムトラックが入った瞬間、僕は「あ、MAX/MSPかな。」と思った。音色と言うか、音の感触が完全に邦楽だの洋楽だのという枠組みを壊している。グリッチノイズまではいかず、リズムを刻むのが印象的である。そして、そんな実験的なリズムの上には、しっかりとしたメロディがあり野田洋次郎の歌がしっかりと入っている。エレクトロニカと歌ものが完全に融合した楽曲。
英詞と日本詞がうまく前後半で混ざっていて、とても面白い。

3曲目「Hilight feat.5lack」既に先行配信されている楽曲。この楽曲もリズムが非常に特徴的だ。そして、深いベース音が楽曲を引っ張っている。5lackとの相性も素晴らしい。ただHip Hopというフォーマットではない。要素としてHip Hopは入っているのだが、確実にベースになっているのはエレクトロニカであり、後半出て来るピアノと野田洋次郎の歌唱だけのパートを聴くと、やはりしっかりとしたメロディのある歌ものなんだな。と感じさせる。
1曲の中に様々な要素が入った名曲。

4曲目「Water lily」今作の先行シングル、illion再開のきっかけになった重要なリード曲。全日本詞でアルバムの中では珍しい楽曲だ。相変わらずリズムトラックが気持ち良い。そして、イントロからずっと入っているディレイを効かせたシンセの音色が心地良く楽曲を引っ張る。出来る限りシンプルにシンプルに、そんな想いを感じた。楽曲を後半盛り上げてゆくのもリズムトラックだ。バスが4つ打ちに変化し、電子音がリズムを刻む。その上で優しいコーラスが被さり、最後にはギターの音色も聴こえてくる。
シングル・リード曲にふさわしい非常にポップなメロディの楽曲だと思う。
アウトロも気持ち良く、いつまでも終わって欲しくないと思ってしまう。ずっと聴いていたいような、そんな楽曲アレンジ。

5曲目「85」印象的なシンセの上で歌われるメロディ、リバーブが強めにかかったリズム。80年代の洋楽からの影響を色濃く感じる楽曲。メロディの作り方も現代というよりは80年代を彷彿とさせる。これが意識して制作されたものなのかは分からないが、どこか懐かしいような、でも2016年の音で不思議な感覚に陥る。楽曲の展開もとてもシンプルで、間奏で演奏されるシンセサイザーのフレーズや音作りなんかも、上記したように80年代風になっている。
他の楽曲もそうだが、とにかく聴いていて気持ち良い楽曲だと思う。

6曲目「P.Y.L」アルバム表題曲であり、僕が個人的に一番やられた曲。複雑なリズム構成、もろエレクトロニカな音色。その上で鳴らされるギターのアルペジオ、ロングトーンを多用したメロディー。ど真ん中に好みの楽曲。後半入って来るピアノが憎い。全ての音に無駄がなく、永遠にリピートしたくなるような、そんな楽曲。ラスト、ピアノとコーラスだけになる部分が気持ち良すぎる。本当に野田洋次郎という人の才能は底知れない。と思った。

7曲目「Dream Play Sick」この楽曲はアルバムで一番驚かされた楽曲かもしれない。様々な音楽を聴いてきたが、こういった楽曲を僕は聴いた事がなかった。ポストロック?敢えてジャンルを言うならば、そうなるのかな。現代音楽からの影響を色濃く感じさせながらも、とにかく音数が少なく、散文的な歌詞が飛び込んで来る。チェロが相変わらず良い仕事をしている。休符をとにかく上手く使ったアレンジ。
目を瞑って聴いていると、どこまでも深いところへ連れて行ってくれそうな気持ちになる。素晴らしいの一言。

8曲目「Wander Lust」こちらもエレクトロニカなビートが印象的。メロディは他の楽曲同様健在なのだが、間奏でリズムが更に複雑に変化してゆく。個人的に、こういう場面でMAX/MSPの存在を感じる。(いや、実際使用しているかは分からないのだが…)間奏のクラップ、そこへ絡んでくる複雑なリズムトラック、その上では野田洋次郎の綺麗な声とメロディ。他に何が必要か。ラスト、日本語詞の歌が入って来ると、少し印象が変わるのが不思議だ。英詞と日本語詞の違いを強く感じさせる。

9曲目「Strobo」RADWIMPSのファンは、大喜びするようなバラードではないかと思う。とにかく美しいメロディ。野田洋次郎節の日本語詞、ハープやピアノの音色、明確なサビの存在。フックになる逆回転のオブリ。思わず涙腺が緩む。illionとしての楽曲が、ここまで8曲続いてきて、すっかりillionの世界観に浸っていたら、不意にやって来た美しすぎるバラード。アルバム後半に、こういった楽曲を持ってくるあたり、本当にやられた。

10曲目、アルバム最後を飾る「Ace」、この楽曲はピアノと野田洋次郎の歌だけで構成されている。後半のコーラスワークが素晴らしく、壮大な雰囲気をその声だけで表現している。さながらRADIOHEADの「KID A」収録「Motion Picture Soundtrack」のような立ち位置か。アルバムを終わらせるのにふさわしい楽曲。
最後に歌われる「An empty box. That’s what it is your heart. You filled it up, with everything you expect.」という歌詞が最高だと思った。1人落ち着いた静かな部屋で目を瞑って楽曲に浸って聴きたい。そんな楽曲。

アルバムは、一応ここまでで全曲になる。bonus trackで「BRAIN DRAIN [Linn Mori Remix]」が収録されているが、僕は10曲目「ACE」でこのアルバムは完結していると感じた。ちなみに、「BRAIN DRAIN [Linn Mori Remix]」に少しだけ触れておこうと思うが、「UBU」収録の「BRAIN DRAIN」のトラックを再構築したような、こちらもエレクトロなトラックになっており、とても気持ち良い。

10曲、全てのレビューをしてきたが、とにかく個人的に最高のアルバムだった。このレビューを書くにあたり何度全曲リピートしたか分からない。それほど飽きずにずっと聴き続けたいと思わせる名盤だ。RADWIMPSのファンは少し戸惑うかもしれない。むしろ、海外のエレクトロニカを聴いてきた人達は自然と受け入れられるだろう。
でも、全曲通して野田洋次郎のメロディと声が軸にある。その軸があるから、きっとこのアルバムは万人に受け入れられると思う。そして、それは日本の音楽界にとってとても良い事だと思うし、こういった実験的な音楽が一般の音楽ファンの元へ届くという状況を想像すると、とても興奮する。

まだリリースされたばかり、illionのファンは勿論だし、是非ともRADWIMPSのファンにも、それ以外の音楽ファンにも聴いて欲しいと思う。きっと、みんなの心に何か残してくれるアルバムだと思う。

さて、僕はこれから目を瞑って、また1曲目から再生を始めようと思う。

Kohei Murata

Kohei Murata編集長・ライター

投稿者の過去記事

バンド活動を通して、自分の音楽を世界に発信する事を志しながら、同時に仕事での独立を目指して様々な業種を経験する。バンドでは日本のみならず台湾でも活動を行い、台湾でのアルバム2枚のリリースや大型野外フェスティバルへの出演も果たす。
その後、様々な仕事を経験し2015年独立。
現在は音楽メディアOptimanotesの編集長兼ライターとして、記事の執筆をしている。

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