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杉山裕紀 – 悩ましき日々 Vol.3

また一年が過ぎ去ろうとしている。
最近、時間の流れが圧倒的に速く感じるようになってきて、【昨日見たと思っていたバラエティー番組が実はもう一週間前の番組だった】なんていう事態がザラにある。
このコラムもなんやかんやで三回目を迎えました。三か月です。早いものです。
なんだかコラムというよりエッセイみたいになってきていて、これではいかんなと考えている次第です。
せっかく役者として書いているのだから、なんかそれっぽい事をしなければ勿体ないなぁと思うので、今回は少し映画の話を。

少し前に映画『何者』を観てきた。この【少し前】というのも二か月程前ではあるのだけれど。
作品としては、その、月並みの言葉を使うと、いい映画ではあった。けれど、観た人は解るかもしれないが観ている間の心苦しさというか、何というか。そういう類の辛さがずっとあった。一言で言うと【しんどい】。そう、しんどかった。

人と一緒にいる時、どこかでその相手を見下していたり、相手の弱い部分や粗を探して満足したりする部分が僕にはあって、というか、そういう部分はきっと誰にでもあるのだろうけど、きっとそれは自分にない物を人が持っていたりする事への妬みだとか嫉みみたいな感情からくるものだ。原作を読んで、文字だけではどうしても掴み難かったそういう生の感情を佐藤健は見事に体現していた。
知り合った相手のツイッターやSNSを検索する指のスピード、それを人に知られまいとする為に少し縮める背中。自分と同じ位置にいたと思っていた人間が、いつの間にか先に進んでいると知った時、そしてそれをどうしても認めたくない時の目。一つ一つ丁寧に、繊細に演じていて、それが逆にしんどさを煽った。

生きていればきっと誰もが抱くような、当たり前にいやらしい感情をこの上なく当たり前に情けなく演じるというのは、凄く難しい。なんだか遠回りな言い方をしてしまうけど、お芝居で【自然を演じる】というのは中々に厄介で、そこの部分を先に描いた様に緻密に的確に演じるという事は、その芝居が限りなくリアルになるという事だ。
そういう部分まで役柄を昇華して役を演じきった佐藤健は(もちろん他の出演者も言わずもがなではあるが)本当に素晴らしい役者だと思う。

『何者』で佐藤健が演じたような役柄は、普通に演じてもきっとつまらない役にしかならない。劇中の二宮拓人の【普通】を突き詰めて自分の中に落とし込んだ上で、それを演じるから見た人の心に何かを残すことができる。

「この役、僕もやりたかったなぁ。」
そう思ったのはきっと、佐藤健の【二宮拓人】が僕の心に棘を刺したからなのだろう。

杉山 裕紀

杉山 裕紀舞台俳優

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フリーの役者をしながら何とか毎日を消費している人。
普段は舞台を中心に活動しているが、声がかかれば映像の仕事にも参加。

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