[特集] 劇団minimumanti – 2018年大注目!個性が光る尖った革新的劇団にインタビュー!!

今回は、Optimanotesでもコラム連載をしてくれている、俳優・杉山裕紀さんの所属する劇団minimumanti(ミニママンチ)のロングインタビューを行った。
リーダーの岩永大生さんを軸としたとても尖った劇団で、大変面白い話を色々伺えたのではないかと思う。劇団minimumantiについて、そして2月14日から始まる公演についてと、2本立てでお話を伺ったので、劇団や演劇に興味がある方も、すでにminimumantiを知っていて、2月の公演を楽しみにしている方も皆さんに楽しんでもらえるインタビュー内容になっていると思う。
是非、このインタビューを読んで、劇団minimumantiに興味を持って貰いたいと思う。大変素晴らしい劇団なので、インタビューを読んだら2月の公演に足を運んでもらいたいと思っている。
それでは、以下楽しんでください。

邑田航平(Optimanotes編集長)

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――本日は劇団minimumanti(ミニママンチ)さんにお伺いしております。稽古場に来させて頂いてるんですが、まずはminimumantiという劇団について詳しくお伺いしていけたらなと思っております。この劇団を立ち上げたのはリーダーでもある岩永大生さんという事でお伺いしておりますが、まずこの劇団minimumantiを立ち上げようと思った経緯からお話して頂いてよろしいでしょうか?

岩永大生(以下、岩永):色んな偶然が重なってってのはあるんですけど、1番大きな理由っていうのが僕自身が関東育ちじゃないので、こっちに出てきた時に初めて舞台という文化に触れて、大人になってから触れたんですけど、その時に、「面白くて当然なんだろうお金を取っているから」というのがあったんですけど、初めて舞台を見た時にすごい衝撃を受けて、「こんなにつまらない物でお金をとるんだ」って本当に純粋にシンプルに衝撃を受けて。でもここだけかなと思っていくつか見ていく中で、以外にも高いお金を払ってこんなに面白くないものを普通にやる文化が根付いているんだと思って。じゃあ、俺がちゃんと書いた方が面白いよねって思って立ち上げようっていうところになったんですけど、その同時期にちょっと尖ってる人間とかでも変えていきたいよねっていう、話って程でもないですけど「何かやりたいよね」っていうのもあって色んな偶然とタイミングがバチっと合ったっていうのが1番大きな理由ですかね。

――今の話の中で東京に出て来られて、その舞台を見て行ったという感じだったと思うんですけども、例えば上京してきた方って突然何もきっかけが無く舞台に行くことってないと思うんですが、地元にいた頃から演劇みたいなものに興味は既にあったり脚本を書いていたりしたのでしょうか?

岩永:僕は福岡に居た時は営業をやっていて、全然今とは違う仕事だったんですけど、考え方自体は一緒なんだなっていう事に気づいた時があって、役者さんがテレビで話している時に役作りのやり方だったり話しているのを聞いた時に、僕が営業でお客さんに対してこの人はこういうタイプだから自分はこういう人間として接しようって、言い方は悪いですけど人によって作ってやっていた時に、同じだと思って。じゃあ俺は多分今役者やっても普通に上手いだろうなって思って。じゃあやってみようかなと思ってこっちに出てきてっていうのがきっかけですね。それで色んな芝居、舞台というものにこっちに来て初めて、触れてさっきの話に至る感じですね。

――役者っていうと映画だったり映像作品としての役者さんって居ると思うんですけど、そこで映像作品の映画の俳優になろうとかそういった方面ではなく、リアルな一期一会の舞台の方に向っていくようになったきっかけってあるんでしょうか?

岩永:向かって行ってる自覚は本当はなくて、もちろん映像もやりたいし、うちが掲げているものとして最終目標はハリウッドに行きたいなっていう。ハリウッドの監督をやりたいなっていうのも思っています。その中で、今の自分の段階で出来る事っていうのはやってて、それがたまたま舞台であり、舞台がやりたいっていうよりは「段階として今舞台」っていう形ですかね。そうなると、舞台を馬鹿にしているという訳でもないんですけど、あくまでステップの段階というような感じで今は良いかなという。

――次に劇団名ですが、minimumantiという、ミニマムとアンチを組み合わせた造語だと思うんですが、劇団名をこの名前にしようと思ったきっかけはありますか。

結城:そんなに深く考えずノリで。

岩永:その当時一致していた方向性は、皆尖っていたので、今思えば全部を否定する訳ではないんですけど、その当時小劇場という文化ひと括りでファックだなと思っていて、そういう意味で小劇場大嫌いっていう劇団名を掲げようって言う意味で、小さいものは嫌いっていう意味で付けたっていうところなんですけど。

――結城さんとお2人で?

岩永:その当時の立ち上げメンバーで、今居ない人間で。

――皆さんで考えて最終的にここに落ち着いたという感じですかね。minimumantiなんですが、岩永さんが考えるminimumantiという劇団の、大切な3つの要素をお伺いしたいんですけれども。信念みたいなものでもいいですが、3つの中で1つでも欠けたらminimumantiではないと思うような大事な3つの要素をお伺い出来たらと。

岩永:1番最初にぽんと浮かぶのは「王道」っていう事ですかね。創り出すお話に関しては、誰もが絶対にどこかで見た事ある、そして老若男女誰が見ても意味の分かるお話を作る。っていうのがうちの絶対に僕が書く上で決めている事で。見る人が見れば分かるとか、そういう脚本家が言い訳として逃げられるような難解な整合性がとれていないとか、芸術って言ってしまえば全て丸く収まると思っているような難解なお話は絶対に書かないっていうのが僕の方針といいますか。誰が見ても必ず意味の解るお話ってのが1つですね。それに関しては絶対にブレないというところですかね。うちは基本アドリブが禁止なんですね。アドリブっぽい事はさせるんですけど、それはなぜかというと僕がすごく時間をかけて描いた台本よりも面白い事が出来ていればOKだけど、そうじゃないならカットしていくスタンスなので。なぜそういうスタンスをとるかというと、最後にお客さんが面白かった面白くなかったって判断した時に、全ての責任の所在を自分に持って行きたいっていうのがあって。基本同業者の類いの批判っていうのは、僕に対しての埋めがたい程の才能の嫉妬だと思っているので、それはどうでもいいんですけど、一般のお客様とかに面白くなかったとか言われた時に自分自身が責任を負えるようなけんか腰?(笑) 
2個目は「お客様第一」。
けんか腰っていうのは横の繋がりであったり、そういう部分に対してけんか腰なんですけど、基本輝とか加藤とか、稽古場では口酸っぱく話しているんですけど、うちは役者である前に社会人というのが第一なので、自分達を商品と見立ててチケットが3000円3500円取る場合、お客さんにその3000、3500円稼ぐためにしている努力以上の努力をしないと失礼だっていうところがあるので、大事なのは役者である以上に社会人として恥ずかしくない努力と節度を持った行動っていうのはすごく口酸っぱく言っています。遅刻もそれが1分であろうと2分であろうと報告しなかったら怒りますし、そういう部分は気をつけて言っているかもしれないですね。役者である前に社会人としての責任ある行動をっていうのはすごく。

――じゃあ、あと1つ(笑)

岩永:「作品にメッセージは乗せない」っていう事ですね。それは2個目に繋がって来るんですけど、役者をやっているとか夢を持ちながら何か働いてますって言う人って、もちろんそれは素晴らしい事だと思うんですけども、素晴らしい事であって偉い事ではないって僕は思っているので。例えば公務員であるとか輝も今は税理士をやりながらっていうのでもそうなんですけど、社会の人はすごく頑張ってるって僕は思ってて。そうやって日々戦っている人に対して、「この作品は親のありがたさを」みたいなのは僕の中ではおこがましいってちょっと思ってて。単純に娯楽としてこの2時間何も残んなかったけど面白かったなって思って帰ってもらえる事が最大のお芝居の役割なのかなって僕は考えてて。なのでおこがましく上からというか何かメッセージを芝居に乗せるって言う事をあまり重要だと考えてないですかね。そこがなくなるとうちではないのかもしれないですね。

岩永大生

岩永大生

――そんなminimumantiという劇団に属している皆さんが、劇団って沢山あると思うんですけど、minimumantiに属そうと思った経緯を1人ずつお伺い出来ればと思うので、まずは杉山さんからお願いします。

杉山裕紀(以下、杉山):僕は2個前のminimumantiの「カコケシヤ」っていう舞台の客演で出て、その時に色々あって役が変わって、主役をやらして頂いた時に、別に主役だからっていうのじゃないですけど、稽古をしている時に今までそこまで考えてない事を教えてくれるというか、ここだと自分がもう一個上に行けるってうのがあって。「カコケシヤ」が終わった後に入る事になったんですけど、やっていく上でちょっとずつではあるんですけど成長しているのかなって思う部分もありますし、言い方はよくないかもしれないんですけど、自分にとってプラスになるって言う部分が大きくてやっていて、だからここに居たいなと思っています。

杉山裕紀

杉山裕紀

結城輝(以下、結城):僕はここを選んで入ったといよりは、最初の立ち上げのメンバーの1人なので入った経緯が違いますけど、僕は皆が考えている以上に何かを考えていそうで本当は何も考えていないので、僕は自分が飛び込む環境で自分が何かが変わるとか何かを変えてくれるって期待をして飛び込む訳じゃないので、入った環境は環境で自分で自分を変えていくので、難しいですけど、恋人を選ぶのに別に大それた理由がないのと同じような感じで、単純にそんなにがっつり付き合いがあった訳ではなかったですけど、岩永という人間について行けば面白いかな。っていうのが第一にあったので、「まぁやってみよう」と思って、僕は元々そんなに舞台が好きではないので(笑)

岩永:そうだよね(笑)

結城輝

結城輝

――舞台が好きではなかったけれども岩永さんとの付き合いの中で面白い事が・・・

結城:元々出会いも映像系だったので、こういう映画とか楽しいよねとか、こういう映像を撮れたらいいよねというところなので。舞台を別に馬鹿にしている訳ではないですけど、舞台はただのステップアップの1つなので、ここで色んな経営理念ですとか集客力とか、学ぶ事は学んでもっと上のステージを目指しているので、特にminimumantiで何かしたいというか、メンバーもすごい入れ替わり立ち代わり変わっていくので、その時その時の周りにいる人間と一緒に面白く何かが出来たらなっているところですかね。

北崎望(以下、北崎):自分は前回の作品が初めて客演としてやらしてもらった時から入ったんですけど、その時にあまりにも自分がポンコツ過ぎたというか、出来が悪過ぎて、色々自分でも思う事もありまして、その舞台が終わった後のお話の時に「一回うちでやってみないか?」みたいな事を言われて、ポンコツのまま出て行くのって自分としてはちょっと嫌だなっていうのがありまして、その中でせっかくの声かけだったのでその場のノリっていう感じでもあるんですけど、「是非やらしてください」みたいな感じで入って今に至るって感じですかね。

――実際入ってみて次の公演に向けて練習中だと思うんですけど。ご自身で言っているポンコツさは無くせていってますか?

北崎:全然消えないです(笑) 
基準値ってものが自分の考えている位置と大生さんの考えている位置が違い過ぎてて、今のいる時点で全然だめだぞみたいな、もっと上に来いって。目標を次から次へと提示してくれているというか、分かりやすいって言うか、そういう感じって言えばいいんですかね。

――提示してくれている目標に対して追いついていこうではないですけど、努力を出来るような環境であるって感じですかね。

北崎:自分でがむしゃらっていうか、そんなに経験が多くはないので、全くといって良い程ないので、探り探り、びびりながらっていう感じでもあるんですけど。

北崎望

北崎望

加藤一博(以下、加藤):僕がminimumantiで最初に一緒にやったのは、5回くらい前の公演の時で、その時は元劇団員の方の繋がりで音響がいないから手伝ってくれって言う話で、それが最初だったんですけど、当時その時はまだ学生で専門学校で音楽を勉強していて、小屋入り当日で不足な点が見つかったというか、それに対して対応したのが、岩永さんが気に入ってくれて「うちで音響としてやらないか」って話を頂いて、僕はその時学生で音楽の活動の場も全くと言っていい程なくて、自分の劇伴、ドラマだったり映画だったりのBGMを作りたいって風には思っていて、それを作れる場所が出来て、また演劇っていうジャンルの面白さも公演を見て感じて、断る理由がなくて、「あっ入ります」って言ってそこから回を重ねて7回目で。僕も本当はドラマとか映像系をやりたいんですけど、なんで劇団minimumantiなのかっていうところで、面白さを目の当たりにして舞台って役者さんの日によってタイミングだったり、お客さんの反応を待ってのタイミングだったりとか微妙なタイミングのずれとかあって、映像はそれがない訳じゃないですか。映像はその映像を見ながら音楽を当てられるんですよ。べストのタイミングで曲を作れたりするんですけど、舞台ってなると結構難しい事で、それを逆にどこまで限られたものの中で面白く効果的なものを作っていけるんだろうっていう面白さであとはタイミングだったり、それで今ずっとここに居ますね。

――音響の先程言っていた映像作品の劇伴だとジャストタイミングで全部決まっているのが、舞台は違ってというのはリアルタイムでライブ感というか、次の音を出す時にタイミングを計って出すんですか?

加藤:そうなんですけど、出す音楽を作っているので、作ったものが稽古でぴったり合わせても本番では違う場合がある訳で、僕は岩永さんともそこは考え方が一緒な部分があって、僕は後から付ける物で本当は僕がいない状態で役者だけで見せるのがまず中心にあって、そこで僕が何か飾りをつけるっていう風な捉え方が僕も共感出来るところがあって、先にも言ったように、音楽から見た舞台での出来る事の限界の中で良い物を作りたいと思っています。

加藤一博

加藤一博

――では、岩永さんに戻るんですけど、脚本演出は基本的に全て岩永さんが出してらっしゃるという事で、まず脚本を次の舞台に向けて書いていく作業の中で、どういったところからアイディアっていうのは出てくるものなのでしょうか?

岩永:毎回書く時になった時にいつも思い出すんですよ、「前回どうだったっけ」ってなった時に、毎回きっかけが違くて、例えば何かの映画を見てその見た映画のジャンルに近い事で何か思いつく事もあれば、例えばアクション映画を見てて急に悲しい作品をポンと思いつくっていう事もあれば、後は音楽はさっき加藤が言ってたのと別で、僕は舞台においての音楽ってのをすごく評価していて、効果っていうのをすごく大事にしていて、なので基本的に何か書きたいものが決まった時って何となく「この曲を聴きたい」っていう曲が必ず生まれるんですけど、書いてる間はその1曲だけを3ヶ月くらいエンドレスリピートで聴きながら書くっていう作業があって、思いついてからその音楽でさらに飛躍する場合もあれば、音楽を聴いていて勝手にその音楽からイメージするプロモーションビデオを作って、こういうストーリーが出来るなっていう風に思いついたりとか、あとは、流行みたいになっているのであまり言いたくはないんですけど、割と人間観察が得意な方で、常に歩いている時に人を見て勝手にストーリーを作っちゃう癖があって、「あの親子は2人で歩いて何の笑顔もない、もしかしたら親子じゃないのかも、だとしたらこれって」っていう所からどんどん飛躍していってとか、割とそういうのでお話が出来あがったりもします。ポンって禁煙っていう文字を見て禁煙の禁という文字の成り立ちを考えていたらストーリーが出来あがるとか、そういう事が割とあるので、前がどうやって自分で思いついているのか分からなくて、でもポンって思いついていた時、後々紐解いていった時に、あれあの時のきっかけが自分の中の心でずっとあって出たのかなって後になって分かる事があるんですけど、その時その時は分からなくて、前回の「ドラえもんの隣の話」っていうのも結局よく分からないんですよね。毎回自分でどう生まれているのかってのが分からないんですけど、常に何かしら考える癖は付いています。何から何まで、家に帰って右足から入るのか、今は寒い時期だから先にお湯を出している間に服を脱いでいればちょうどお湯が暖かいのか、っていう全てにおいて考える癖があって、10秒以内に体に付いたせっけんを洗い落とさないともうシャワーを使っちゃダメゲームとかも自分で常に何かしら思っちゃってて、そういう全ての事は肥やしになって自分の中で脚本に繋がっているんだろうなとは思ってるんですけど。

――日常生活は常にモードに入っている状態というか、すごく意識はしていなくても何かしら自分で何かをする事も周りを見る事っていう事に対しても、そういった脚本に後々に繋がるかもしれないっていうフィルターが常にかかった状態で生活しているというイメージですかね。

岩永:割と意識もしてます。映画を見る時にも常に娯楽として楽しむっていうのは半分以下ぐらいで、「こういう設定のストーリーだったらどういう展開に持って行くんだろう、この人はこういう展開か」なる程、たぶん俺の方が面白く展開出来たなとか、思っちゃうんでやっぱりどうしても常にそのモードは入っているのは入っている感じですかね。

――次に演出なんですけれども、舞台の稽古の際に間の取り方であったりとか声量の出し方であったりとか色々と演出はしていくと思うんですけれども、そういった事が頭の中にイメージ出来ている状態な訳じゃないですか。その中で自分が演技をしようとかっていう考えには至らないんですかね。それよりは演技をする人達がいて、その人達にそれをやってもらうっていう方が楽しいというか合っているというイメージですか?

岩永:そうですね、どちらかといえば後者の方ですかね。元々何かを采配するとかリーダーシップを取るっていうのは元々性分だったとは思うんです。自分だけで何かをってよりは、その人その人の的確な配置について貰って的確に伸ばしていく方が好きなんだと思います。やっぱり楽しいなとは思います。自分がやるとなると多分別ですかね、自分の団体で自分がやるって言うのはあんまり考えられないんです。

――ここまでminimumanti自体の事を皆さんにお伺いしてきたのですが、2月に予定されている「クソヤロウ賛歌と賢者の石」「乞い、願う。」2本立てであると思うんですけど、1本目の「クソヤロウ賛歌と賢者の石」こちら方は再演という事になると思うんですが、この演目を再演しようと思ったきっかけがあれば教えて頂いてよろしいでしょうか。

岩永:過去の作品はどれにおいてもやっぱりDVDでで見直す事が多いんですけど、その度にここもうちょいこうしてれば良かったなっていうのはどうしても出てきちゃうし、ここもうちょっと説明不足だったかな、ここも割とテンポ重視だったけど聴き取りづらいかな。とかっていうのはやっぱりどうしても出てきちゃう。それは実際生で聞いてたらそうでもなかったのかもしれないですけど、DVDではそうだったという1個の事実があって、常に全ての作品において再演をしたいなっていう思いはあるんです。だけどそれを基本的に早すぎるってところで加藤に僕は止められているだけなんです(笑) 基本的には隙あらば再演をやりたいっていうのがあって、その中でもこの「クソヤロウ賛歌と賢者の石」っていう割と勢いで書いた2作目なんですけど、今見直しても伏線の張り方とかっていうのもまあ秀逸で。そこに、そこから経験してきた自分のプラスアルファをやった時に初演を見た方でも本当に楽しんでもらえるだろうなっていうのがありまして、色んな都合ですかね。僕のアウトプットに対してインプットが間に合わなくて何か他の作品を新作に書いてみたもののしっくりこなかったっていうのがあって。実際に杉山とか加藤とかにも読んでもらった時に、やっぱりしっくりこないってのがあって、普通に他の劇団でやるってなった時にすごく面白い脚本だって重宝されるような脚本だとは思うんですけど、僕のボーダーラインとしてその面白さでは満足は出来ないなというところのラインで却下になったものがあったので、「採用しよう」っていうところに最終的に至ったっていうところです。

――再演といってもまんま焼き直しする訳ではなくてディテールが色々変わっていっている訳ですよね?

岩永:だいぶ変っちゃったかなっていう、ちょっとふざけが増えたっていう。

――「クソヤロウ賛歌と賢者の石」については、本当にメインでドンっていう主演の方がいる訳ではなくて、結構ドタバタ劇ってお伺いしているんですけども、明確に主演を立てずにドタバタ劇にしようと思ったのってなんでなんでしょうか?一般人の視点で言うと主演がいてこの人が主演なんだねっていうのが分かっている物語の方が分かりやすいと思うんですね、一般的には。それがそういうものがなく皆が主演ではないですけどもドタバタ劇として進んでいくっていうのが結構人によっては疲れるんじゃないかなと思っていて、そんな中そういうった演目を作り上げているっていうところで、なぜそういったものを作ろうと思ったのかなとちょっと気になっておりまして。

岩永:うちの作品だったり、僕が演出で皆でお芝居を「こうしてくれああしてくれ」という時にこだわっているところで、僕自身が発声であったり滑舌のやり方とか知らないので、知らないし重要だと思ってなくて、映像的なお芝居を作る、脚本もそうですし皆のお芝居も割りと映像っぽいお芝居をやってほしいなっていうのがあって、それは単純に実写もそうだし、アニメ的なものもそうなんですけど、主役が居ないって聞くとちょっと特殊なのかなって思うんですけど、例えば連続で流されているアニメであるとか連ドラなんだけど一話完結であるとかっていうお話の場合って、各話でゲストがいたりするじゃないですか。アニメであれば主人公チームの中で今日はこいつがメインのお話。「クソヤロウ賛歌と賢者の石」って割とそういう風な構成になっていて、一話ではこいつがメイン、二話ではこの人がメイン、三話ではこの人メイン、でも四話では最終的にはこいつが全部まとめるよっていう風な構成にはなっているので、そこまで見づらい事にはなっていないかなっていうっていう風に思っています。基本的にそういう形にしていると思います。全部他の作品に関して。

――次に「乞い、願う。」の方ですね、こちらは明確に主役として杉山さんを立てているという事なんですけど、杉山さんを主演に決めるにあたり、杉山さんにしようって思ったきっかけというかそういうものってありますか?

岩永:1番はこういう感じのニュアンスのお芝居をやりたいって杉山に言われたので(笑) じゃあ書くよって言って書いたのがそれだったので、出さないって言うのもまた変な話なんで、「と見せかけて出さない」みたいな事もあれだし、単純にやっぱりこいつの目のお芝居に関しては僕は信頼しているので、もちろん今稽古やってみてまだまだ全然至らないなっていうところはとても多いんですけども、信頼している部分が大きいからっていうきっかけって感じですかね。

――ちなみに今お話に出た杉山さんの方からこういうのやりたいって言うお話があったっていうのは、杉山さんの方でも何かお話の内容みたいなものをイメージしていて、浮かんだものをお伝えしたという感じだったんですか?

杉山:イメージというか、ちょうどその時言い出したくらいの時に一緒に映画を見に行っていて、岡田准一の追憶を見てて、内包したグズグズしたものを出すみたいな物がすごくしたいと思ったのと、その時ちょうど僕がそういう時期だったので、グーってなっちゃってて内に内にってなってて、これ嫌だってなってバンッてしたい部分があったのでそういう事を岩永さんに伝えて「ああいうのがやりたいです」って言って書いて頂いたという感じですね。

――実際に主演で出られる訳なんですけども、やっぱり主演の方がボンと立っているとお客さんって皆その方に注目する方が大体だと思うんですよね。一般の方って。そういったところで主演のプレッシャーみたいなものって今は感じているんでしょうか?

杉山:感じてます、非常に。すごく気をつけないといけない部分なので、そこは。見られているっていう時に役として居るっていう、そっちの方がいっぱい人が出るという訳ではないので、2人とかで進んでいくので本当にそこは気をつけますしプレッシャーにもなりますし、でもだからと言って出来ないとかっていうのは絶対あっちゃいけないと思うので、そこは食らい付いていかないといけないと思うので。

――では、次に結城さんから「クソヤロウ賛歌と賢者の石」に対して練習を重ねている段階で今感じている出来具合というか自分自身はどんな状態でしょうか?

結城:今は多大な申し訳なさしかないんですけど(笑) というのも、プライベートの方で色々バタバタしておりまして1月はがっつりそっちの方で時間を取られてしまって、まだ追いつけていないというか、土俵にも立てていない所なので、そっちの方をどんどん片づけて、2月がっつりこっちで取り返して、恐らく本番ではたぶん1月からスタートしている周りの方よりは出来るとは自信はあるので。
岩永:すごく尖っていると思います(笑) 嫌いじゃないです、そのくらいの勢いでやってもらえると。

――1月は忙しかったけれども、残り2週間程で他は追い抜けるぞ!と。本格稼働に向けて意気込んでいるという、自信はありますと。では、両方出られるという事で、北崎さんはどんな状態でしょうか?

北崎:普段家とかでぶつぶつずっとやったりとかはしているんですけど、稽古場に来ていざ皆の前に立つってなるとどうしてもやってきたものが急に薄れていくというか、結果回数がまだまだ足りてないのかなっていう事になっちゃうとは思うんですけど。「本当にいいのかこれ?」みたいな事になって、セリフが飛んじゃうみたいな事が多々出てきてしまって、そのたびに毎回指摘されてしまうので、正直まだ不安でいっぱいというか、いつ役を降ろされてしまうのかっていう気持ちもあったりはするので。

――そうならないように食らい付こうという感じですかね。すごい人間性が結城さんと真逆で面白いですね(笑)では、音響の方は加藤さん、今どんな感じでしょうか?

加藤:今は演劇の始まる前に、音楽だけで役者さん達は振りで見せるってのが恒例で、その曲を今全体的に制作中っていう感じなんですけど、「クソヤロウ賛歌と賢者の石」の方は1番最初に出会った作品でその時に作った曲はあるんですけど、ずっと何年も前の自分の曲で一新したいっていう思いはやっぱりあって、そこで前回の時は本番2日前とかっていう段階で作ったものなので、それと同じものじゃいけないって言うところと、どコメディーなので、ボケとツッコミとか、ネタの波が来る緩急があって、その中で音を付けるってなると意味が出てきちゃうんですね。そこの駆け引きっていうところを今回考えていたんですけど、全体に言える事なんですけど、間髪入れずに笑いどころが出てきて、どこを強調させて次に繋がる自然の流れに乗っていくのかっていうところっていうのを見直したいっていうところですね。もう一つの方は脚本を読んだ段階で頭の中で映像が浮んでいて、あとそこの結構落ち着いたような感じだったので、音楽でコメディーと一緒でどこで持ち上げて次に渡すのかっていうところを見極めている段階ですね。見極めてから作るんじゃちょっと遅いので、ここで流すっていうよりは、何曲かはまだ出せる段階ではないですけれど、メモというかこういうアイデアというか、こういうフレーズがこういう感じのアレンジが使えそうだなっていうのを溜めてる段階ですね。

――残り2週間で本番が始まるまでに、それがだんだん精査されて、これをここに当てて行こうっていうのがだんだん詰まっていくっていうところですかね。

加藤:通しでやる事がこれからあると思うので、通しで見ると流れが自分の中で文字で見るより見やすくて分かりやすくて、そこから穴埋めというか、いつもそんな感じのやり方なんですけど、そろそろ自分のストックをちょっと増やしつつっていうところですね。

――最後に岩永さんの方から今回の演目2つですね、「クソヤロウ賛歌と賢者の石」と「乞い、願う。」1つずつ見て頂く方々に何かメッセージを頂ければと思います。

岩永:「クソヤロウ賛歌と賢者の石」に関しては、常にうちが掲げている部分ではあるんですけども、どこを見ても面白いというところ、うちの色んな方向性が決まった大事な作品なんですけども、メインで話を進めている人間を見てももちろん面白いんですけど、それ以外の人間を見ても面白いどこを見ても面白いっていう形の作品になっていますので、どの部分を見るかっていうところに関して本当にお客様の自由に楽しんで頂ける作品になっていると思うので、何も考えずにただ見て頂ければという作品です。もう1つ「乞い、願う。」の方は、元々は杉山に感情を爆発させるような作品をやりたいっていう風に言われていたんですけど、書いていく中で感情を表にただ発散するという爆発させる事だけでは無いなっていう風に自分の中ではあって、書きながら思ったんですけど、その上で内に込めたものを内に込めたまま外に届けるためにはどういう風にすればいいんだろう。でもこれ俺だったら出来るから杉山も出来るでしょうっていうところで書いたので、役者達の醸し出す空気でその痛みが伝わるように、これからまだまだ稽古はしていくんですけども、コメディーとはまた逆で、ただただ泣ける作品を書いたつもりなので、ただただ泣いて発散してもらえれば劇場出たときにお客さんがちょっとすっきりして帰る事が出来ればいいなって思ってるんで、ただただ泣ける作品になっておりますので、1日に泣いて笑ってって頭痛くなるかもしれないですけど、そんな日があってもいいかなと思っているので、ぜひ両方とも笑って泣けるお話を1個でやらずに2つに分けちゃいましたという感じです。そんな感じで見て頂ければと思います。

――「クソヤロウ賛歌と賢者の石」と「乞い、願う。」、2月14日から始まりますので、是非皆さんにも楽しみに観に来て頂ければと思います。
本日はありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

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Kohei Murata

Kohei Murata編集長・ライター

投稿者の過去記事

バンド活動を通して、自分の音楽を世界に発信する事を志しながら、同時に仕事での独立を目指して様々な業種を経験する。バンドでは日本のみならず台湾でも活動を行い、台湾でのアルバム2枚のリリースや大型野外フェスティバルへの出演も果たす。
その後、様々な仕事を経験し2015年独立。
現在は音楽メディアOptimanotesの編集長兼ライターとして、記事の執筆をしている。

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