taichi5

「どこでもいい。さぁ、行こうか。」 Vol.5

若い時分は「有名になりたい」だの「使いきれないくらいの金が欲しい」などと漠然と考えていた。

バンドをやっているせいか人一倍その気持ちは強かった。

夢ってのは栄養になる。例え大きすぎても、バカにされても栄養になる。

ビタミンとかミネラルとか無くても「夢があれば生きていけるんじゃないか」とさえ感じてた。

だから超貧乏でも楽しく笑えて、バカをする元気もあったんだなぁとしみじみ思う。
コンビニの廃棄の弁当やパンを冷凍して、夕食のときはレンジでチン!

「冷凍技術ってすげぇや!」って思いながら保存料たっぷりの飯でその日その日を暮していた。

腐りきった四畳半、風呂はない。それでも楽しかった。

しかし有名になるってのが難しいと気づいたのはバンド結成して10年経ったあたりだろうか。

段々いじけてきた。いじけるという行動、これは何も始まらず何も終わらないという最高に不毛な行為。

しかもお金も低所得。

それでもさ、周りは「ロックンロール!」なんて叫んでるもんだからおじさんも一緒に「ロックンロール!」なんて叫んでましたよ。

ひがみも含めて言わせてくれ。

富と名誉?
そればかりに執着しすぎて他の事がおざなりになってたんじゃないかい?
当たり前の幸せというものをスルーしすぎて来たんじゃないかい?

おやじ、お袋。富と名誉ばっかり追いかける人生。ちょっと窮屈になってきたよ。

楽にしていいかい?

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改めましてどうもこんにちは。中野の迷える子羊、野村太一でございます。

バンドで音楽を奏でるという職業をしてるんだけどもね、15年間やってたら景色がいろいろ変わって見えるようになってきたんだいね。

憧れてたものは色褪せてきたり、信じていたものはひどく滑稽に見え始めてきたり。
色々な角度でモノを見ることができるようになった分、キラキラに見えていたものはノイズが走って見えるようになっちゃった。

しかも売れることばっかりに縛られてたら音楽を聴くことすら嫌いになってしまった。
こいつぁいかん。
悩みに悩みましたよ。そしてたどりついた答えがこれ

「適当にやろう」

元々俺は生真面目過ぎたんですよ。責任感がありすぎたんですよ。
バンドってのは、趣味程度がちょうどいい。本来遊ぶもんだしね。音楽って。

売るぜ!有名なるぜ!金持ちなるぜ!人を感動させるぜ!

実はそんなもん一つも要らなかったんだよ。
邪念だらけの曲を世に放ってどうすんの、って話だよね。

時として音楽は神に対する祈りとして使われ、
時として戦意を高める軍歌として使われ、
多種多様な意味合いを持ってる。

ただ俺が思う歌ってのは、「手紙」なような、そんなソフトな感じで今年は行っちゃおうかなって思ってますよ。

はじめに戻るけども富と名誉はもう要らないよ。
どこかで聴いてくれる人がいるだけでそれだけで十分幸せだ。

ばあちゃんと親父とお袋が俺のピアノを誉めてくれた。
そこがスタートじゃん。

それが俺の本来の音楽のあるべき姿。原点回帰。戻ろうか。
人生の折り返し地点まで来ちゃったけど遅くはないだろ?

もし金を稼ぐという概念をとっぱらったらどんなことをしたい?
どんなことでもいい。恥ずかしがらずに言ってみなさいよ。

せーの。

出てきたかい?それが答えだ。

俺?俺は音楽だったよ。やっぱり。

野村 太一

野村 太一Yellow Studs(Vo.Key)、音楽制作、web制作、デザイナー、ナレーター

投稿者の過去記事

18歳で上京。美容専門学校に入学するも途中で退学。家賃29000円の風呂なしアパートやら転々としつつ中野に腰を据える。
数々のバイトで食いつないできたが、30歳で晴れてバンドやら何やらで生計を立てることになる。
社会人経験ゼロのダメ人間。

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