菅田将暉 – 「まちがいさがし」レビュー

もはや押しも押されもせぬ人気を誇る菅田将暉と、時代の音楽ど真ん中に立ち続ける米津玄師の2人がタッグを組んだ「まちがいさがし」を今回はレビューしていこうと思う。

まちがいさがしはドラマ『パーフェクト・ワールド』の主題歌である。車いすに乗った建築士鮎川樹が、高校のとき同級生だった川奈つぐみと再会し、恋に落ちるというあらすじになっている。
「車いす」という特徴はあっても、ありきたりな恋愛物語でしかないのだろうな、なんて思いながらこのドラマを見始めた私だったが、驚いた。車いすに乗って暮らすということの大変さが映像でありありと伝わってくる。段差ひとつ、落ちたものひとつ、排泄だって思い通りにならない。自分の当たり前がいかに当たり前でないのか、ということ。

「まちがいさがしの間違いの方に生まれていたような気でいたけど まちがいさがしの正解の方じゃきっと出会えなかったと思う」

この曲ではいきなり言葉がまっすぐに飛び込んでくる。下半身が動かなくなってしまった彼の姿がここで重なる。例えば、あのとき事故に合わなかったら?信号待ちの数が違っていたら?朝起きるのが5分遅かったら?そんなあったかもしれない正解が、頭をよぎる。

多分それは私たちも同じだ。あったかもしれないを積み重ねて今は存在している。あの時こうしていればもっとよかったんじゃないか、なんて、そんなことばかりで、今の自分が正しいのかは誰にもわからない。だからこの歌詞が心に突き刺さる。今まで目を向けていなかったけれど、選んでこなかった道があるからこそ、現在の自分だからこそ手に入れられたものが、本当はたくさんあるはずなのだ。

そのありふれた「間違い」かもしれない日々が、私たちの人生で、私たち自身だ。

さて、この歌詞のなかにあるのはありふれた手の届く範囲の日常で、特別なことを歌っている歌ではないと思う。使われている言葉だって難解な単語は登場しないし、(米津玄師の昔の歌には、たびたび普通には読めないような言葉が登場した)曲調も際立って派手だ、とか変わっている音が使われているとか、そんなことはないのにどうしてだか、苦しくなるくらい惹きつけられてしまうのはどうしてだろう。

「君の目が貫いた 僕の胸を真っ直ぐ その日から何もかも 変わり果てた気がした」

米津玄師の歌詞は誇張の表現があまりにも綺麗だ。ここの歌詞の「真っ直ぐ」も変わり果てたの「果てた」もそう。他にも「深い春」だったり「瞬く間に落っこちた」も「些細な隙間」も。表現に言葉を惜しまない。ありったけの言葉を丁寧にわかりやすく伝えてくれる。そんな「まちがいさがし」を歌うのが菅田将暉。これはもう鬼に金棒だろう。彼の叙情的な、感情であふれた歌い方が、米津玄師の歌詞をより一層色鮮やかにする。2人だからできるこの表現力がこの歌の魅力なのだろうと感じた。きっと菅田将暉や米津玄師といった時代の寵児であっても間違いがあって、正解だと思った過去があって今があるのだ。それでも今2人が出会ったからこそ「まちがいさがし」は完成したのである。

さて現在もまだまだ放映中の『パーフェクト・ワールド』ますます面白くなっていく物語から目が離せないし、「まちがいさがし」も何度だって聴きたくなるこのエモさ。最高!

尾方里菜

尾方里菜デザイナー・ライター

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表現することが好きな、どこにでもいる普通の人。思い立ったらなんでもやりたい。我慢できない性質(たち)。
現在はデザイナーとして修行しつつ、このメディアでライターも経験させていただいております。
趣味は写真を撮ることと絵を描くこと。好きな言葉は「鳩だって死ぬところを見るまで不死身だ」よろしくどうぞ。

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