神西亜樹「透明な林檎」 Vol.21 – 一ヶ月とすこしが経った

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僕は椅子の上で尻尾を揺らす猫に、それとなく、あくまで自然な風に、近づいていった。

「・・・なんだ。お前はいつからブリキ製になった。ぎこちない動きしやがって」

ああと、その、ジジノスケ。この前、アニメMVの進歩の話をしたろう?

「ああ、そんなこともあったな」

そもそも、アニメーションMVというのはミュージシャンにとって、「その一曲を表現するために使うアートスタイル」として、昔からあるものだ。

星野源 – さらしもの (feat. PUNPEE) [Official Video]

くるり – 琥珀色の街、上海蟹の朝

「ずいぶん一般的な表現になったよな。どのアーティストも一度はやったことがある、くらいの」

まあね。
ここで意識しておいてほしいのは、MVのアニメーションはあくまで曲のために存在しているって部分。

「そりゃそうだろ」

そう思うだろ。
けど、インディーズのボカロ文化から広まっていった「アニメーションMV」は、それとは微妙にニュアンスというか、考え方が異なっていた。

「急に話が飛んだ気がするが、まあ、聞こうか」

ボカロ隆盛期、MVは自己プロデュースの上で欠かせないものだった。作曲者たちはMVを「自分を覚えてもらうための手段」として用い、独自色を打ち出していた。
いわゆる「世界観」ってやつだね。サムネイルを見れば、「あの人の曲だ」とわかったり、動画を見たあと、「この人の動画をまた見たい」と思ってもらえるような・・・「世界観が好き」という感情から、興味を持ち続けてもらえるような工夫が必要だった。

これも見てもらった方がわかりやすいな。僕の曲を引用するよ。

【初音ミク】  ミューテーション  【オリジナルMV】

「ミックス作業以外、ぜんぶ自分で手がけてたんだったよな」

ああ。絵も描いたし、動画も編集した。そうすることで「独自色」を出したわけだ。
苦労の甲斐あって、僕の作品を好きだと言ってもらえるようになった。
まあ、曲を一か月かけて作った後、動画制作に三か月かける、というようなことが続いて、プランニングとしては完全に間違っていたな、と今では思うけどね。

「本末転倒の極みだな」

でもそんなことしてしまうくらい手書きアニメーションはMVとして特異で、価値のあるものだったんだ。
だから僕のほかにも、全編手書き動画や、ちょっとしたアニメーションを含んだ動画を作る人というのは結構いた。でも・・・
どうだろう、言いたいことはわかったかな。要するに、僕らがアニメMVを作る理由は、昔からあるアニメMV文化とは違うものだったってことを言いたいんだけど。

「つまり、ボカロで勃興したそのMV文化では、MVは曲を表すためでなく、アーティストを表すために作られていたってことだな」

そういうこと。
先に上げた例でいうと、星野源のMVはあくまで曲を表現するものだけど、僕のMVは曲だけでなく、僕のことも表現するものになってる。



「で、今でもネットシーンではその文化が続いてるわけか」

そうだね。今じゃネット発のミュージシャンにとって、これはベーシックな手法だ。ファンは当たり前に「世界観」というものを意識し、次のMVにも同様の映像表現を期待する。

お気に召すまま – Eve MV

「この動画一本で、何枚のイラストが使われてるんだ・・・」

本当、おそろしい話だよ。僕の時代では、アニメは如何に止め絵で表現するかって考えで作ってた。描かなくてはならない作画の枚数を減らす意識があった。だって一秒アニメーションさせるのにイラストが3~10枚も必要になるんだぜ? ポップソングの平均時間が4分間とすると、すべて動かしたらそりゃもう大変だ。下手すると二千枚の絵が必要だ。
だというのに、今では当たり前に個人作家がフルアニメーションを用意してくる。

ずっと真夜中でいいのに。『暗く黒く』MV(ZUTOMAYO – DARKEN)

「ずとまよの場合、だいたい一か月に一本アニメMVの新作が投稿されるよな。10年前なら金をとって公開されていたものが、YouTubeで無料公開されてるところもすごい」

相応のお金で契約したアニメーターにMVを一任し、時間短縮とクオリティを担保する分業スタイル。これが成立するまでに成熟したんだな、あの頃の文化が。そう思うと驚きもあるし、感慨もある。

「老けたこと言いやがる」と猫があくびする。

「動画による自己表現」は、僕らの時代ではある種の呪縛でもあった。ミュージシャンでありながら、主体が「音楽」ではなく「動画」になってしまうからね。動画を失うと曲も死ぬ、なんてことになりかねない息苦しい構造を持っていた。でも今の彼らにはそんなものはないのかもしれないな。そのあたりは、現場から離れている僕にはよくわからないけど。

「で?」

なんだい?

「なんだい? じゃない。ぎこちない動きで近づいてきて、よそよそしい笑みを浮かべながら、唐突にアニメMVの話をし始めた理由をまだ聞いてないだろ」

ああ、それは、つまりだな・・・
アニメと言えば、二十年以上続いたアニメが、最近劇場完結したろ?

「その話はまだダメだろ」

でも、一か月以上経ったわけだし・・・

「ダメだ!」

せめて一言、感情を表現してもいい時期じゃないか?

「一言に集約したら、それこそ大きなネタバレになるだろ・・・おい、お客さんだぞ。玄関で呼び鈴を鳴らしてるやつがいる」

何回だい、と僕は尋ねた。

「二回だ。諦めて行ってこい」

仕方ない。今日のところは諦めよう。僕は玄関へ向かうべく席を立つ。

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神西亜樹小説家・シナリオライター

投稿者の過去記事

2014年、『第一回 新潮nex大賞』大賞受賞。新潮文庫nexよりデビュー。
最新作『東京タワー・レストラン』発売中。
ショートシナリオや劇場用映画脚本協力等も担当、シナリオメイキングに幅広く携わる。
昔はボーカロイドで楽曲を制作しており、作詞から挿絵、動画まですべて自作していた。音楽は今でも愛好。
ユーモラスで優しい話が好き。

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