A_o – BLUE SOULS (Music Video)
「玄関に新しいスニーカーが出てる」
ジジノスケは、それがさも重大な出来事であるかのように言った。ジジノスケはウチに住み着いている黒猫だ。モップみたいに長い毛を垂らし、いつも不満げにあくびする猫である。
新しく買ったんだよ、と僕は肩をすくめる。
「いつも革靴ばかり買う奴が珍しいな」
べつにスニーカーが嫌いなわけじゃない。むしろ好きだよ。僕は昔からよく靴ズレを起こす足の形を…というか足首の形をしているから、クッション性の高い靴の方が好きだ。
でも、だからこそ、自分の足の形に合う奇跡の革靴をつい探してしまうんだよな。手に入らないものほど欲しくなるというか。
結果、ほどほどに相性のいい革靴が靴棚を埋め、簡単に足に合ってくれるスニーカーは買う機会を逃している、というわけ。
「でも今回は逃さなかった」
春色だったからね。
せっかくだから、外を歩いてきたよ。
「お前が、外に出たのか?」
おい、今日はいつにもましてリアクションが失礼じゃないか?
僕だって散歩くらいする…ジオキャッシングって知ってるかい?
「宝探しか何かだったか」
そう。位置情報サービスを使って、宝箱を探すゲームだ。散歩ついでにそれをやってみた。
「何か見つかったのか?」
それが、簡単には見つけられなかった。アプリにマークされた場所は、大抵は公園とかなんだけど、だからこそ宝箱は巧妙に隠される。ゲームを知らない人たちに見つかって回収されてしまったら大変だからね。
ハードルが高いのは宝箱だけじゃない。宝箱を探す僕らも、かなりのハードルを越えなきゃならない。
「どういうことだ?」
人目があるんだよ!
昼間の公園で遊ぶ子供やその親、筋トレをしている人たち、そういった人たちの前でコソコソと探し物をするのは、度胸がいるってことだ!
「ああ、そりゃあお前の苦手分野だろう。だいたい外の空気を吸うときも、夜、ひとけのない時間を選ぶもんな」
そこで猫が首をかしげる。
「でも、だったらなぜ昼間にそんな危険な度胸試しを行ったんだ?夜に探せばよかったじゃないか」
理由はふたつある。ひとつは、夜になると入れなくなる公園もあるから。河川敷なんかは施錠されたりもするし。そういう心配を考慮して、昼に行ったんだ。
「もうひとつは?」
珍しく、昼に出かけないのはもったいないと思った。実際、新緑が目に鮮やかで、気候もよかった。今は冷房を必要としない最後の時期かもしれない。あれだけうっとうしく僕の行く手を阻んだ花粉ももういない。ビタミンDが欠乏気味だったからって理由もあるかもしれない。
あるいは、スニーカーを買ったせいかも。
とにかく、まんまと昼に誘われたんだ。
「いいじゃないか、健全で…ん、お客さんが来たようだぞ。玄関で呼び鈴を鳴らしてるやつがいる」
何回だい、と僕は尋ねた。
「二回だ」
僕は春の玄関へ向かうべく立ち上がる。
「おい、まだ教えてもらってないぞ。結局ジオキャッシングの宝は見つかったのか?」
ひとつだけね。何か所もうろうろと回って、ひとつだ。隠された場所へ手を伸ばし、塗装のはがれたプラスチック容器を拾い上げる。土を払いながら開くと、名前を書く紙が入っていて、そこへの記載が勲章代わりだった。
で、僕はペンを持ってくるのを忘れたってオチだ。思わず笑ってしまった。楽しい体験だったよ。