神西亜樹「透明な林檎」 Vol.26 – 節変わり

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「今日は暑いな」と、猫のジジノスケがげんなりした調子で言った。黒猫は四肢を広げ、フローリングで伸びている。
まあ、まだ九月も前半だから、暑くて当然の頃合いだ。僕ら日本人共通の意識として、八月が終わってしまえば夏も終わり、という感覚がなんとなくあるけど、その感覚はおそらく学生時代の夏休み期間から来る先入観であり、実際のところ世界はそこまで単純じゃない。

「俺は猫だ。学生時代なんてない」

それは初耳。
というか、今年の夏はそこまで暑かった記憶はないな。八月半ばごろから台風や大雨がひっきりなしだったから。

「雨は雨で困る。毛が何倍にも膨れ上がって、まるで尊厳を奪われた気分になる」

僕もあまり雨は好きではない。くせ毛が跳ねるし。
でも、夏が嫌いな友人は、暑いよりマシだと雨を歓迎していたよ。その人は本当に夏を嫌悪していて、毎年、どれくらい夏が続くかをつぶさにチェックし、前年比に一喜一憂し、梅雨が伸びろと祈りを捧げ、一日でも夏が短くなればいい、願わくば一日もなくなってしまえ、と恨み言を吐いているような人でね。

「夏に何をされたってんだ」

僕が言いたいのは、なにごとも取捨選択は必要ってことさ。夏か雨か、たとえどちらの道も気に食わないとしても、選ばないと立ち往生だぜ。

「気に食わないもののことを考えるのはやめだ。気が滅入る」

猫が顔を背け、丸くなる。

「なにか音楽をかけてくれ」

音楽か。
曲を選ぶ僕の指先がすこし迷う。八月までなら、適当なサーフミュージックでもかけていればサマになったのだけど。九月に夏曲をかけると、どうもズレた感じがしてしまう。「夏」と「暑さ」はまったく別物なのだ。

ヨセアツメ/和ぬか【Music Video】

「お? これは・・・」

僕はうなずく。このアーティストからは、僕がいた頃のボカロシーンの影響を強く感じるし、その次の世代のアーティストの影響も強く感じる。次の次の世代が出てきたって感じだ。
ほかにも・・・。

memai – Shun Ueno / 4na

これとかも。たぶん共感してくれる人はいる。

「時代は着実に更新されていってるのか」

それが僕の知らないところで起こり始めてるから、気を付けないといけない。クリエイターである限りは、年をとっても同時代性を見極めるための知識は持っておかないと。
でも、十代が盛り上がるものに盛り上がるのは正直難しくなってしまったよ。いつまでもずっと浮かれて生きられるというのは、冗談でも皮肉でもなく天賦の才だと思う。そういう人が羨ましい。

「枯れたトークに花が咲いているところ悪いが、呼び鈴が鳴らされたぞ」

枯れたのか咲いたのか・・・何回だい、と僕は尋ねた。

「二回だ」

僕は肩をトントンとやりながら、玄関へ向かうべく立ち上がった。

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神西亜樹小説家・シナリオライター

投稿者の過去記事

2014年、『第一回 新潮nex大賞』大賞受賞。新潮文庫nexよりデビュー。
最新作『東京タワー・レストラン』発売中。
ショートシナリオや劇場用映画脚本協力等も担当、シナリオメイキングに幅広く携わる。
昔はボーカロイドで楽曲を制作しており、作詞から挿絵、動画まですべて自作していた。音楽は今でも愛好。
ユーモラスで優しい話が好き。

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