神西亜樹「透明な林檎」 Vol.28 – 黒猫

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街が私を見下ろす。無駄に背の高い建物たちが、まるでひとつの生命のように協調し、私を凝視し、関心を示しているのを感じる。これは実に奇妙な感覚だった。すくなくとも、現実世界でこの感覚は味わえまい。

私は街を歩いた。手がかりはある。道には彼の足跡がまるでシールみたいにくっきりと縁どられ、残っている。蹌踉たる足取りでフラフラと行くそれを、私はひたすら追った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
……数十分前のこと。
と、この表現だと、シーンを巻き戻ったのがわかりづらいだろうか。蛍子を書いていたとき、時間の状態をわかりやすく示してくれとよく編集に突っ込まれたものだった。こういうとき、文章の難しさを感じる。ほかの媒体なら、シーンが切り替わったことは視覚的にすぐわかるというのに。

さて、改めて、フェイタルワールド内同期時刻より数十分前の出来事。

「アイツが外に出てから、どれくらい経つんだ?」

アンダが扉に寄り掛かり、外に広がるモノクロの世界を眺めている。
五分ほどだよ、と私は言った。もちろん、こちらの世界での五分だ。

「しかし、外の世界があったとはな」とカヤ。

「ずっと一室でプログラムが完結していたからな」とアンダ。

イニシエーション・ダイヴシステムは、ダイバーの精神構造に依拠する。
たとえばアンダとカヤを生み出したシリマの世界では、鉱石の国を旅するような設計だった。そこでは冒険することや探求することが、メタ的に人格構造の開拓を表現していたわけだ。

「同質異像を多重人格に見立てて表現していたんだ。シリマタイトはそういった憎い演出をする子どもだった」

私の場合、その「鉱石の国」の代わりが「部屋と外界」だったわけだよ。扉を開けるとか、扉の内外という部分に、とても重要な意味を見出していたということだ。バンプオブチキンの影響かな。

「ラフメイカーとか、太陽とか?」とアンダ。

プレゼントもだ。バンプオブチキンはそういう表現をよくする。

「でだ」とカヤが仕切り直す。「その重要な扉とやらを、偽物はいよいよ開き、出ていった」

偽物じゃない。あれは私自身だ。シリマにとっての君たちみたいにね。

「旦那自身なら、見失うわけにはいかねえぞ」

「しかし、外界がどういう空間なのか、分析できていない。ヘタに踏み出しては……戻ってこられなくなるかもしれない」

カヤの言うとおりだった。人類はまだ、脳構造を解明しきってはいない。イニシエーション・ダイヴによって人の意識に飛び込み、精神の海を探索できるようになった現代においても、その海を解析しきることは、未だ叶っていないのだ。

「それでも、行くんだろ?」

ああ。私は私を知らねばならない。そのために、現実世界で二年以上もかけて、精神の海をさまよい続けたのだ。はじめはただの好奇心だったが、いまとなっては、答えを見出さねば済まないところまで事態は至っている。

この世界が求めている、「透明な林檎を見つけろ」というミステリーを、私は解決したい。それがこの世界を生み出した私の使命だ。

「帰ってこいよ」とアンダが言った。

「お前自身を連れて、さっさと帰ってこい。神西」

私は手を振る代わりに、黒い尻尾を揺らして応えた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「誰?」と男が言った。

私はかまわず男に近づいていく。

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神西亜樹小説家・シナリオライター

投稿者の過去記事

2014年、『第一回 新潮nex大賞』大賞受賞。新潮文庫nexよりデビュー。
最新作『東京タワー・レストラン』発売中。
ショートシナリオや劇場用映画脚本協力等も担当、シナリオメイキングに幅広く携わる。
昔はボーカロイドで楽曲を制作しており、作詞から挿絵、動画まですべて自作していた。音楽は今でも愛好。
ユーモラスで優しい話が好き。

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