神西亜樹「透明な林檎」 Vol.30 – 後日談

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僕は作業の手を止め、ジジノスケの方を見た。ジジノスケは我が家に住み着く黒猫だ。モップのように長い毛を垂らし、普段はジッとして動かない猫だが、今日は朝からドタバタと騒がしい。理由を訊いても、「点検している」だの、「お前は音楽でも聴いて暇をつぶしていろ」だのと言われる。まさか猫にあしらわれる日が来るとは思わなかった。いや、大抵の人間は猫にあしらわれて過ごすのが普通か。

仕方なく僕は音楽を聴く。

Foster The People – Call It What You Want (Video)

最近は洋楽ばかり聴くようになった。仕事中に聞くので、日本語の歌詞だと気を取られて集中できなくなるからだ。
では、いつから洋楽を聴くようになったかと言うと、まさにフォスターのこの曲が出た十年前くらいだろうなと思う。
当時はまだ音楽を作っていたと思うけど、なぜ洋楽に手を出したのかはよく憶えていないな。単純に知見を広めるためだったのか、それとも邦楽を聴くのに疲れてしまったのか。ちょうどいまの僕が、物語のことを考えすぎて、物語を見聞きすることにうんざりしているのと同じように。年中同じものと触れあっていると、本当に眩暈がしてくるのだ。

「ふう。猫の体は動きづらくて困る」とジジノスケが言う。

まったくだ。僕も人間の肩こり腰痛という概念とはすぐにでも縁を切りたい。

でも、音楽にしろ、人間にしろ、まだ縁を切らずに済んでいる。飽きずに済んでいる。
たぶん環境が変化し続けているからだ。邦楽、洋楽、各ジャンルのアップデートとリバイバルの渦にのまれて、同じところをウロウロしていたはずなのに、気づけば違う場所にいる。

そう、変化は気づくと起きている。実はそこら中で。楽しく生きるコツは、この変化になるべく多く気づくことだと思う。そうすれば人生、きっと死ぬまで飽きずに済む。

「その曲、最近アレンジが出たぞ」

Call It What You Want (Treasure Fingers Pre-Party Remix Radio Edit – Official Audio)

探してみたら、ジジノスケの言う通りだった。こういう変化もある。過去も積み上がれば、僕らをふたたび楽しませてくれる。

もちろん、全ての変化が良いとは言わないけどね。老いとか。湿布はどこにあったかな。

「こんなところだな」

点検とやらは終わったのか、とジジノスケに尋ねる。

「ああ。問題なさそうだ。じゃあな」

散歩か?

「いや、もう帰らない」

どういう意味だろう、と僕は首をかしげる。詩的表現だろうか。

「言葉通りの意味だよ。そもそも俺は、ここで飼われてる猫ではないだろう」

それもそうか。いや、だいぶ僕が世話してやった覚えがあるけど。

「細かいことは気にするなよ」

・・・呼び鈴が鳴ったとき、どうする?

「もう呼び鈴は鳴らない」

なら、安心だ。
やっぱり僕の知らないうちに、世界は刻々と変化しているみたいだ。猫が旅に出るなんてね。

「なあ、見送りにそれらしい曲をかけてくれよ」

急に言われてもな、と僕は再生リストを見る。
まあ、これでいいだろう。僕も、そしてきっと猫も好きだろう曲を。

中村一義 – 「犬と猫」

なんと二年前に上げられた公式動画だぞ。
「時代は変わるねえ」

猫は尻尾をひと振りし、玄関の先の荒野へ向かった。

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神西亜樹小説家・シナリオライター

投稿者の過去記事

2014年、『第一回 新潮nex大賞』大賞受賞。新潮文庫nexよりデビュー。
最新作『東京タワー・レストラン』発売中。
ショートシナリオや劇場用映画脚本協力等も担当、シナリオメイキングに幅広く携わる。
昔はボーカロイドで楽曲を制作しており、作詞から挿絵、動画まですべて自作していた。音楽は今でも愛好。
ユーモラスで優しい話が好き。

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