Yamakatsuのロコドリズム Vol.65(最終回) – 玉乃井プロデューサー

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ロコドリズム最終回は、Yamakatsuのプロデューサーを務めさせて頂いております、私、玉乃井が担当致します。

まずは、OPTIMANOTESの関係者の皆様、お疲れ様でした。

2016年より、Yamakatsuのコラムを掲載して頂きありがとうございました。

思い起こせば、最初にこのお話を頂いた時に『どうしてYamakatsuなんですか?』と素朴な疑問を質問したところ、「OPTIMANOTEは既存のメディアがやらないこと。アーティストのもっと深い部分にスポットを当てられるようなメディアを目指しており、アイドル業界において、地方から革命を起こそうと奮闘しているYamakatsuさんに興味を抱いた」という返答を頂いたのを今でも覚えております。

僕達としては、とてもありがたいお話でしたし、自分達をそういう視点で評価して頂いたことを光栄に思いましたが、メディアとしては、もっと広く浅く、既存メディアをぶち抜いて大きくなってくれる方がいいな〜と、正直心の中では思ってました(笑)

そんな感じで連載がスタートし、リリースの際には愛情たっぷりなロングレビューなども企画して頂いたり、最初の言葉通り『芯』を持ってしっかりと運営されているなと感じてました。
ところが、連載からしばらくして、私達Yamakatsuにも不穏な空気が流れはじめます。

メンバーの脱退です。

これは、ほぼ全てのアイドル運営が頭を悩ませる問題なのではないでしょうか。

高校卒業のタイミング

ここが1つの山です。
大学への進学を考えてる子はもっと早くに訪れますが、やはり人生の分岐点で「アイドル」という道を選択してもらうことは、困難を極めます。親御さんはもちろんのこと、学校の先生など多くの大人たちの否定的な意見が17歳、18歳の子を取り囲むわけですから、相当の『断固たる決意』が必要になります。
本人に決意を持ってもらえるようにするには、やはり運営の手腕が大きく問われるのだと思います。
『売れてる』とか、『売れるかもしれない』とか、わかりやすい可能性を提示する必要があります。
大手のグループでさえ、その問題を抱えるわけですから、僕達のような地方の弱小グループにとっては『越えられない壁』のようにさえ思えます。

僕らは運よく、5名のメンバーが残ってくれました。
2016年頃は、ロコドルブームに陰りが見えてきてたものの、まだまだ各地のアイドルが奮闘していましたし、結成当初よりずっとその背中を追いかけていた愛媛の「ひめキュンフルーツ缶」の存在も大きく、大阪からどんどん躍進を続け、アイドルの枠を飛び越えていく「PassCord」から多くの刺激をもらい、同じレーベルには、「愛乙女DOLL」や「虹のコンキスタドール」が好セールスを記録したり、「大阪⭐︎春夏秋冬」が楽屋でうるさかったり(笑)、「sora tob sakana」が良い意味で変態的サウンドで台頭してきたりと、とにかく刺激に溢れた環境に身を置くことができ、負けるもんか!と僕達も頑張ってました。
だから、5名のメンバーが『越えられない壁』を越えて、アイドルとして活動することを選んでくれたのは、決して僕達運営が優秀だったわけではなく(笑)、環境が育ててくれました。

しかし、時の流れは残酷なもので、2018年頃には、しのぎを削り合った多くのライバルグループ達が解散やメンバーチェンジをしたりなどで、交わることはなくなってしまいました。
「ゆるキャラ」と共に「ご当地アイドル」も、ブームの終焉を迎えていきました。

しかし皮肉なことに、メンバーは少女から大人へと成長し、僕がアイドルをプロデュースするうえで、1番大切にしたかった『人の心を動かすライブ』が自然と出来るようになっていきました。
これなら、時代の流れに抗うことができる。
そう確信した矢先、地方アイドルにとって、致命傷となる濁流に飲み込まれることになります。

新型コロナウィルスの蔓延です。

今もなお続く未曾有のウィルスショック。
エンターテイメント業界はもちろん、多くの業界にダメージを与え続けてますが、地方アイドルは、特に影響を受けてしまった業界の1つではないでしょうか。
ここでは多くは語りませんが、「田舎の体質」というものは、僕達にとってはあまりにも残酷でした。
それは、ゆっくりと確実に、メンバーの精神力を蝕んでいきました。

・ZEPP FUKUOKAでのバンドセットワンマンライブ

・10周年記念公演

Yamakatsuとしては、夢であった周南市文化会館公演(2018)よりも大きな規模の挑戦をコロナ禍においても実施しました。

しかしながら、直接的な原因が新型コロナウィルスではないにしても、結果として2人のメンバーが脱退することとなりました。

2人には本当に感謝しかありません。
10年間もyamakatsuとして活動してくれて本当にありがとうございました。
でも、僕らは3人でこれからを戦わなければならなくなりました。

そして2022年最初のライブ。
3人体制としての最初のライブ。
メンバーはもちろん、僕としてもかなり不安を感じながらの出演でした。
やはり、5人でずっと活動してきたし、5人から3人に減ってしまったグループに、正直、希望を抱けずにいました。

このイベントは、Yamakatsuのファンとしてたくさん支えてくれた方の追悼ライブということもあり、東京での開催ではありますが、『ホーム感』もありましたが、そこで、メンバーの3人は大きく予想を裏切ってくれました。

その日のライブ。
本当に心を震わされました。

もちろん自分達が1番「ピンチ」であることを感じ取っていたこともあると思いますが、1番Yamakatsuが良かった頃の『やってやるんだ!』という気持ちが、歌から、ダンスから直に伝わってきて、その気持ちがフロアを包み込み、それに応えるかのような熱量になっていく。感染症対策で声が出せないフロアに確かな熱量を感じました。

これならまだ出来るかもしれない!

僕はメンバーの3人から、希望とか勇気とかをもらいました。

『拘る』ことで、必ずしも良い結果が出るわけではありません。
その『拘り』が逆に足を引っ張る結果になることもあるかも知れません。
でも、少なくとも僕達は『拘る』ことで、何度も死んで、何度も生き返ってきました。
こらからも僕達は『拘り抜いて』、このグループの結末がどんなものであっても、胸を張って『これがYamakatsuだ!』と言えるように、生き抜いていきたいと思います。

OPTIMANOTEの関係者の皆様。
今日まで本当にありがとうございました。
これからも我々Yamakatsuの行く末を、そしてその結末を見守って頂ければ幸いです。

Yamakatsu プロデューサー
玉乃井 信彦

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