村田悠生「いざイグニッション!」 Vol.04 – 唯一無二の武器を手に入れる

豆腐屋の朝は早い。

毎度おなじみ小説の冒頭シリーズ。
おいおいいつの間にシリーズになったんだよって、もうそりゃ今回で4回目のコラムで、合計3回も小説の冒頭を紹介していれば立派なシリーズでしょう。
イッタイゼンタイ如何ほどの読者がこの冒頭シリーズを楽しみにしているのかは神のみぞ知る所ではあるが…え?アンケート取ってみたらって?
おいおい僕のコラムニスト生命を平成が終わる前に終わらせる気か?見せしめもイイ所の読者メシウマ状態で、無事店じまいさせられちゃいますよ。今のうちに打ち上げ花火の許可取っておくか??

静粛に。

というわけで今回の冒頭はこんな感じでスタートしてみたよ。
この書き出し、素晴らしいよね。え?こういうジャンルだっけ??って一気に引き込まれる。
このタイトルでなんで豆腐屋の話が…ってみんな目が点になったんじゃないかな。
そろそろ答えを教えてくれって??フフフ…いいだろう。
この作品のタイトル。

そう。
豆腐屋。朝。早い。ここに伏線が隠されているこの作品。
みんなわかったね?正解は「頭文字D」

じゃないから!
これからハチロクで峠を攻める訳じゃないから!
この作品は「正義のセ」の冒頭です!

割と最近の作品持ってきたんだなぁとちょっと意外でした?
去年、吉高由里子主演でTVドラマにもなりましたね。面白かったです。
僕は検察の活躍を描いたドラマってとても好きなんです。「HERO」とかね。
専門知識がふんだんに取り入れられている作品ってとても好きなんだよね。
世間一般的に「名作」と呼ばれている作品はどれも色々な事柄が綿密に丁寧に描かれており、見ている人を虜にしていると思うんだ。
そりゃそうだよね。
アクションドラマ一つとっても、ただがむしゃらに超パンチキックしただけで敵を倒せる主人公はいないじゃない?
流派や技や武器や組織、一つのドラマの中で繰り広げられる物語には具体的な理由がある。

意味もなくお化け出ました怖いねー。で終わるホラーはない。
取り敢えず犯人捕まえましたー。で終わるサスペンスもない。
転校生可愛いスキ付き合った。で終わるラブコメも…たぶんない?

とにかく、1クール10話ほどの長さで描かれるドラマで色々な情報が詰め込まれている。
そういう話を見るたびに作家さんに感心させられる。
どんな経験を積んできたのか?勉強してきたのか?誰かに聞いたのかはわからないが、絶対に真似できないなーと。
モノマネが得意と豪語するさすがの村田悠生もこれには苦笑い状態だ。

そんな村田悠生が最近気になっていることがある。
「さびれたカード屋に売っていた誰も知らなそうなカードゲームを買ったらSSRカードが当たっちゃって自分が最強戦士にクラスチェンジしたんだが」
という作品をご存じだろうか?知らないけど聞いた事ある人はいるだろうか?
居ない?そっか居ないか。まあそうだろう。今僕が考えたタイトルだからね。

申し訳ない。
今何人の読者が知ったかぶって赤っ恥かいたのかとっても興味深いが、今回はそこが本題じゃないので掘り下げるのはよそう。よかったね。
ただ実際問題、最近こういう方法でタイトルを作っている作品はわんさかある。
実際は「正義」ってタイトルで書いてたはずなのに、いざ販売される時には上の様な長ったらしい説明文章なタイトルに差し替えられて発売されている。
当然出版社もプロだからね。どういうタイトルが今売れるかっていうのを熟知していて、その法則に沿ったものに仕上げてきているのだろう。
そこはいい。そういうタイトルが売れるっていうのならそうしてもらえばいい。
気になるのは内容がどれも主人公がいきなり最強になって強いっていう点だ。

元作家で現在WEBディレクターをやっている友人に聞いたとき、
「会社や学校でつらい疲れた大変。そんな状態なのに小説や漫画の中のキャラまでおんなじ状態じゃ気が滅入る。せめて作品の主人公は最初から理想像になっててスカッとしたい」
という思いからのこの流れなのではないかと言う。

なるほどなるほど。
つまり、僕らが子供のころ寝る前に、自分が主人公のスタートもゴールもないただの時間つぶしの様に妄想していた大スペクタクル冒険譚を、今の小説や漫画に求めているということなのだ。
前回のコラムで書いた「カタルシス」を、実際の人生→作品の主人公の強さ。と言う現実と作品を一つにまとめた結果のカタルシスを味わっているのだと解釈した。
それがとても残念に思えたのは確かだ。自分の鬱憤を誰かに晴らしてもらっているではないか。
それで本当に自分は満足なのだろうか?そもそもそこまで深くは考えてはいないか。

僕はそういう意味もなく理由もなく最強の主人公や、自分の知識や体格が標準以上の異世界に召喚されて周りが弱い世界。
こういう作風がとても苦手なのだ。
さっきも言ったが僕は作品に作家の専門知識の深さや経験の豊富さを感じて感動するタイプの人間だ。
だがこういった最強系の作品に作家の専門知識も経験の豊富さもあまり感じない。
もちろん感じる作品もあるだろう。僕が知らないだけなのだろう。でもそういう知識が豊富な作家ならいきなり最強系にしてない気もする。
ライトノベルに何を求めているんだ?って言われればそれは確かにそうだ。しかし今はそういう作品ばかり目についてしまう。

僕が言いたいのは「昔はもっと読みごたえがある作品があったんだぞ!」なんていうノスタルジック溢れる老害的な事ではない、
「もっと面白い作品が作れるんじゃないか?」って言いたいのだ。

今は何でもネットを介してチャレンジできる時代で、固定観念のない自由な発想のもとに創作活動ができる世の中だ。
僕自身こんな風にネット上でコラムを書くなんて夢にも思っていなかった。
だからこそ、もっともっと自由な発想で作品を作ってみてもいいんじゃないか?って本気で感じるんだよね。

もっと自分の専門知識を活かした作品ってできないものだろうか?
僕の場合の専門知識でいえば、
例えば一般人に比べて芸能関係の知識がある。
携帯電話の知識がある。
遊戯王カードの知識がある。
この3つが僕の武器になる。
おそらくこの3つを掛け合わせて出来た、仮に「芸能スマホカード」というスキルを僕が持っているとして、
このスキルと全くおんなじスキルを持っていて、さらに自分と夢が同じ人間なんて、何人いるだろうか?なんだったらいないんじゃないだろうか?
これってすごい事だと思う。かなりの武器だと思う。
さらに現在はネイル、HP作成などいろいろなモノを勉強中だ。これも合わせればと思うとワクワクが止まらない。

しかもそこに共通の夢を持つ同志が加わったらどうだろう。もうそれは唯一無二のチームではないだろうか?
そのチームの得意分野すべてを活かした作品や事業って、世にない新しいものなのではないだろうか?
でもそういうものって中々生まれてこないよね。なんでだろう…。

きっと皆は、自分にある知識を活かそうと思っている。しかしやらないんだと思うんだ。
例えば知識一つとっても、自分の知識はまだまだだ “にわか” だからもっと勉強を。
そう感じてずーっと勉強をして機会を伺っている人をたまに見かける。
でも、自分が納得する知識ってどのレベルなのだろうか? “にわか” じゃないレベルとは何なのだろうか?
今1しか知識がない人と10知識がる人を比べれば、それは確かに1のほうは “にわか” に感じる。だが1が10になったとき、10知識があった人も100に成長しているのだ。
その人から見れば、あなたはまだ “にわか” だ。ならいつ始めても “にわか” なのではないか?
いつ始めても “にわか” 。いつ始めても同じなら、早く始めたほうがいいに決まっている。先を越されるほど勿体ない事はないからね。

近年驚くほどに技術は進歩していっているよね。
個人でVtubeもできるし、VR上に3Dアートを描く人もいる。車は自動で走るし、AIが色々なものを決めてくれる。
とてつもなく最先端だと思う。
そこで。
そんな世界に。そんな世の中に僕はひとつ言いたい。
いつまでオッサンオバサンが偉そうにしているんだ?と。
今ある技術は、今を生きている若者が使いこなすためのものだ。
その若者が新しいものを生み出してどんどん世の中を成長させていかないといけないと僕は感じるのだ。
PCの電源を付けることもできないおじさんがサイバーセキュリティーを管理しようとしている世の中は絶対におかしい。
現代の社会は年功序列ではない。
できる人ができることを管理し運営していく時代なのだ。そこに年齢は関係ない。

今の若い人たちに足りないものと言うのをたまに目にする。
謙虚さとか、学とか、マナーとかよく言っているが、たぶん一番欠けているものは野心ではないか?と思う。
もっと自分に素直にやりたいことをチャレンジする。その先に楽しみながら稼ぐ!そんな野心をもっと持っていい気がするのだ。

豆腐屋がハチロクで峠を責める。漫画の世界だから許されることなのだろうか?
「HERO」の久利生はジーパンTシャツの破天荒な検察官だ。ドラマだから許されるのだろうか?

現実はそんなに甘くない。かもしれないが、現実でもやってみる価値はあると思うのだ。
もちろんそこにはモラルや道徳やその他守らなくてはいけない最低限のルールはある。
だが一つ言わせてほしい。
スーツにネクタイでビシッと決めた超エリート風ビジネスマンでもなんども不祥事を起こす。
かたやジーパンTシャツで人前に立ってiPhoneの素晴らしさを説いたオジサンは世界に革命を起こしたのだ。
今の社会に本当に必要なのは、スーツの着こなし方ではなく、やりたいことを楽しくやる野心だと思う。

閑話休題。

読者はどうだろう?
自分の専門知識を足したときに見えてくる武器。その武器を磨くのか。それともしまっておくのか。
それは自分次第であって僕がやりなさい!っていうようなことではない。
でもあるものを閉まったままにするのはとても勿体ない事だと思う。

別にお金儲けをするための話をしているのではない。
ただ自分の武器がちゃんとあるという事を知ってほしいのだ。
無駄なスキルなんて絶対ないはずだ。
とがっていればとがっているだけ、人とは違う世界が見えているはずだ。

「役に立たないと思っていた専門知識を全て活かしたら、誰にも負けない最強スキルが生まれて世界が変わった」

そんな夢の様な話が実際に起こせるポテンシャルをあなたは持っているのではないだろうか。

村田悠生

村田悠生コラムニスト(タレント)

投稿者の過去記事

劇団東京乾電池を経て現在フリーで活動中
俳優業、声優業、ユーチューバーなど幅広く活動をしています。現在は個人事務所設立を目指して躍進中。
ゆうき13号名義でYouTubeで動画配信中。

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