神山羊 – 「しあわせなおとな」レビュー

しあわせってなんだろうか。誰も彼もそうなりたいと思っているけれど、誰もそれについてきちんと説明できない。お金、時間、自由、それを作る色々な要因は知っているけれど、歳を重ねて、知識を得て、行動範囲も広がった今だからこそ、幼い頃よりもっと幸せは遠くに行ってしまった気がする。学校終わり、仕事帰りうわ言のようにつぶやいてみる「しあわせになりたいな」なんて。

神山羊。すでに有機酸名義はでボカロPとして「紅退トレイン」や「カトラリー」といった楽曲を発表。須田景凪とも交友が深く、そのライブではベーシストを務めている。そんな彼がついに、満を辞して、神山羊としてリリースするのがこの「しあわせなおとな」だ。収録曲のひとつである「YELLOW」はYouTube上で1300万回再生を超え、その人気はTikTokにも及び、まさに現時代のアーティスト、といって間違いないだろう。

1曲目のイントロ的「TV Show(In The Bedroom)」プツリと電源が入る音がする。明かりがパッと広がる液晶画面が脳内に浮かぶ。のっけからキックが気持ちいい。焦らすような繰り返し、をいくつか乗り越えた先にブンと音がして、急に何かが落とされる。しあわせな時間のはじまり、はじまり。

2曲目には「YELLOW」が待ち構えている。出だしから四つ打ちのキック、そのベースラインが頭に取り付いて離れない。気づいたら何度も再生を繰り返してしまう。その上で聴くたびに自分の中に何かが積もっていくような気がする。自分が自分でない何者かに奪われていくような、ざわつきや違和感と、それでも離れることのできない、危うさみたいなもの。これに加えて東洋医学が手がけるアニメーションがこの楽曲の魅力をさらに深めている。濃紺を煮詰めたような背景にこちらを除く黄色い光。ゆるゆると動くキャラクターと音楽のシンクロが言いようもないくらいに気持ちいい。ラスサビに向かって進行していく物語と、呼応して高まっていくメロディ。動画の再生数が爆発的なことにも否応なしに納得させられてしまう、この出来にどっぷりと浸っていたくなる。

3曲目もすでにMVが公開されている「青い棘」この曲はKing Gnuのクリエイティブを手がけるPERIMETRONがMVを作成している。先ほどとはうって変わってゆるいような、やわいような印象のメロディライン。それでも芯を貫くベースの力強さは変わらない。映像はインスタントカメラみたい(緑がかった、煤けた感じ)。けっして綺麗とは言えないけれど、どこか懐かしくて帰りたい日常の中に、少しずつ散りばめられた「ひっかかり」がチリリと聴く人を惹きつける。学生の頃教室の掃除をしていたら、埃が光に当たってすごく美しく見えてしまうような。ありふれた中にあるのに、自分にとっては大切で特別な記憶みたいな、そんな曲だと感じた。

4曲目は「journey」。まるで蜃気楼のような曲だと思った。単調なドラムが砂漠を歩む旅人を連想させる。砂を踏みしめ、揺らぐオアシスを目指し進む私たち。けれど追いかけているソレは実は幻でしかなくて。でもきっとソレが本物であってもその実大したことはないのかもしれない。きっと人生は永遠の旅路である。繰り返される「endless journey」が象徴的に聴くものの心に広がっていく。

5曲目は「ユートピア」。前曲との繋がりが歌の名前から何と無く感じられるけれど、その実どうなのだろう。理想郷、を語っているのに歌詞には「紛い物」であろうとしている。聞いている人間の芯を震わすような低音。良い作品は信望を生み、信者を生み、宗教になる。「神さまになる」ことはもはや難しくないのかもしれない。

6曲目「MILK」は、いきなり「ああもう嫌だ嫌だわ」なんて溜まりきったヘイトを叩きつけるところから。コンコンと何かを叩くような音が最高。歌詞の中には「シガレット」だの「アマレット」だの、いくつかの共通点を持ったカタカナ言葉が顔を覗かせ、聴いている人の耳に小気味よく響く。白く優しい印象の中に、どこか官能的で背徳感のある歌詞と、気だるいような音楽の組み合わせが面白い。実際自分で歌うにも楽しそうで、皮肉っぽく、にやけた顔で歌い上げたい。

7曲目は「ゆめでいいから」。さきほどのトゲトゲとした印象からは一転、切々とした祈りみたいな、ピアノの繰り返しが耳に残る優しい曲調になっている。アルバムタイトルでも使われている「大人」の単語がここで初めて使われていることに気づく。「なんとなく大人に なってしまうような気がして」ソレは必ずしも幸せなことだけではないから。永遠に子供でありたいなんて、ありもしない奇跡を期待してしまう。せめて現実世界じゃないところでは。そんな優しい逃避みたいな曲。

8曲目はこれでしかありえない「シュガーハイウェイ」裏の電子音とケロケロの加工、ポップで聴きやすい、走るような疾走感もある。このアルバムに漂う終末感を吹き飛ばすような、明るさがまさに「終わり」を彩っている。否、本当は明るいだけではない「辛いだけの生活なら今は考えたくもないよな」なんて、音楽の持つ中毒性とか、生活のどうにもならなさとか、それらを内包しながら「僕の人生最後まで連れて行って」これにて終幕。

このアルバムは一貫して、音楽の中に日常があった。生活があって、ありふれた今の上に特別な音楽や芸術といった世界は成り立っていく。それは人間が生きている限り切り離すことはできないのである。生活を送る、この世界で生きていかなければならない「おとな」がこのアルバムの中では「しあわせ」をかみ締められるような。もちろんその「しあわせ」が本当は日常と強く紐づいたところにある、のだと、ニヤリほのめかすような、そんなアングラな雰囲気がたまらない。彼がこれからも示してくれる「しあわせ」がこれからも「おとな」な自分にはひどく楽しみである。

神山羊 – YELLOW【Music Video】/ Yoh Kamiyama – YELLOW

神山羊 – 青い棘【Music Video】/ Yoh Kamiyama – Aoi Toge



尾方里菜

尾方里菜デザイナー・ライター

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表現することが好きな、どこにでもいる普通の人。思い立ったらなんでもやりたい。我慢できない性質(たち)。
現在はデザイナーとして修行しつつ、このメディアでライターも経験させていただいております。
趣味は写真を撮ることと絵を描くこと。好きな言葉は「鳩だって死ぬところを見るまで不死身だ」よろしくどうぞ。

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