[Interview] ヨルシカ – ヨルシカのこれまでとこれから、圧倒的なまでに美しいコンセプトアルバムの真髄に迫る。

今回は4月10日にヨルシカ初のフルアルバム『だから僕は音楽をやめた』をリリースするn-bunaとsuisのお二人にインタビューを敢行した。

今回は初のフルアルバムであると共にコンセプトアルバムでもある。曲には日付が紐づけられ、初回限定版盤には封入される手紙と共に、主人公とエルマの物語は、儚くも美しく進行していく。
「音楽を辞めた」というあまりにショッキングなタイトルは、あくまでフィクションでありながら、どうしてもその奥にいる作り手のn-bunaの姿と重なってしまうものでもあると思う。そんな音楽、ひいてはストーリーを彼はどうして作っていったのか。それをsuisに歌ってもらう上でどんな対話やコミュニケーションがあるのか。ヨルシカでつくったこのアルバムの先にどんな世界が見えているのか。

二人のこれまでとこれから、そのどちらにも触れることができたインタビューだったと考えている。ぜひ彼らをずっと追っていた人も、今まで聴いて来なかった人にも、ぜひ読んで、このアルバムを聴いてほしいと思っている。

尾方里菜(Optimanotesインタビュアー・ライター)


初回盤のサンプルを見せてもらいながらインタビュースタート。

――見たかったです。
これは『藍二乗』に出てくる木箱をイメージした感じでっていうことですよね。

n-buna:3500円っていう予算の中で、ギリギリまでスタッフの方々が頑張ってくれて。

――これは安いですよ。これ3500円は。
絶対に手紙盤だなって、ずっと。思って見てて。
ちゃんと万年筆で書いたふうの手紙。これが写真か。

n-buna:そうです。それ僕がスウェーデンに旅行に行ってきた時のものです。

――実際に行って撮られたんですか?

n-buna:ロケハン行きましたね。

――見ても良いですか?

n-buna:大丈夫です

――並べてしまっても大丈夫ですか?

n-buna:全然。大丈夫です。

――ありがとうございます。

スタッフ:あとは好きなように並び替えていただいてもいいですし。

n-buna:もともとそれが1番の目的です。音源もそうですが、どんなふうに並べ替えても聞けるような。3月14日の手紙から順に、青年の旅した時系列順に並び替えていっても、一つの作品になるようになっているので好きなように楽しんでもらえればって感じです。

――アルバム順で全然日付順ではない?

n-buna:アルバムの並びは日付順ではないっですね。

――それって意図的っていうか。

n-buna:コンセプトの中身まで現実感のあるようなものにしたくて。青年が旅をしながら書き溜めたのがこの手紙や楽曲なわけじゃないですか。そこで、旅の一番最後に自分が書いたものを見返した時に、こういうふうな順番でエルマに見てもらいたいと、そういうような意図も込めて、青年が入れていくわけですね。そして一番最後に「8/31」の手紙を入れると。そういう流れになっています。

――8月31日の手紙が一番上にきてっていうのは、8月31日に最後に書いた手紙を一番最初に読んでもらいたいっていう意図が「僕」にあるからなんですか?

n-buna:そういうことですね。

――順々に聞いた後に、私は日付順に並べて聴いていったんですけど、その過程みたいなもの、流れみたいなものって、題名でまず音楽を辞めるっていうのを題名にしているじゃないですか。それってネタバレっていう表現が正解だとは思わないんですけど、結末がわかった状態で、私たち聞き手に届けられるなぁってすごく思ったんですよ。それってどういう意図があるのかなっていうのは、まず一つ手に届いた時そう思いました。

n-buna:そもそも僕は最初に「だから僕は音楽を辞めた」という曲をもとに、このアルバムを発展させていっていて。最初にその一曲がありつつ、この音楽を辞めた青年のアルバムを作ろうと思い、コンセプトを書いて、それに付随して他の曲だったり、広がりが生まれていった。手紙という思想、発想もそこで生まれたものなので、アルバムタイトルがまず先にあったという感じです

――辞めるっていう前提がまずあって、そこに対して物語がどんどん進行していくっていう感じ。

n-buna:僕は、推理小説とか好きでよく読むんですけど、最初に犯人がわかったり、この人が死んでこの人が捕まるって結末が先に提示されて、そこから、じゃあ、どうしてこういうふうになったのかっていう過程が語られていく小説とかあるじゃないですか。そういう物が好きで。最初に結末がある。ただ、その結末が途中の過程を読むことで、改めて一番最初の結果を見た時に見方がちょっと変わる。そういうものを作りたかった、見せたかったつもりです。

――いろんな順番からでも楽しめるっていう意図も含まれているんですね。

n-buna:そうですね。

――音楽を辞めるっていうところに向かっていく物語だなって、それがあって発展していく物語だと思うんですけど、音楽、音楽ですごい自分を失っていくというか、手紙と音楽がすごい呼応してる中で特に思ったのが、5月17日の手紙に対して、あとエメラルドグリーンの石とか、色がポイントになってるなってすごい感じたんですよ。色とか、ここだとエメラルドとかなんですけど。

n-buna:5月17日の手紙。自分で書いた作品のことについて、後から手紙で補足している手紙ですね。この歌を作った意図、意味。この歌の言葉の意味みたいなものを。

――次の曲だと、雨とかじゃないですか。そういうワードをエメラルド花緑青とか、雨っていうのは、何か意図があって、意味があって、好きだから使っているというか、何かポイントになるから使っている感じ?

n-buna:『六月は雨上がりの街を書く』とかは、実際にスウェーデンを旅していた時、ガムラスタンっていう町で雨が降ったんですよね。すごい雨でホテルから出られなかったので、部屋で曲を書いていた時の曲です。実体験とリンクしてる曲です。実際にこういうコンセプトでやるには、スウェーデンには行かないと駄目だなと思っていて。子どもの頃暮らした思い出の地でもあったので、久しぶりに旅行するかと。ついでに青年がやったことを自分もなぞらなきゃ駄目だなと思いつつやっていました。行って、実際曲を書いて、その中で雨上がりの街の曲ができたり。

――特にこの曲は情景がすごい、情景描写というか、色味とか、風景がすごい想像できる2曲だなと。『藍二乗』もすごいカラフルな曲だなってミュージックビデオ見ても思いましたし、この題名とかもYouTubeで見るとすごい考察とかされてるんですけど、どんな意味があるのかも聞いて見たいなと思ってるんですが。

n-buna:『藍二乗』に関しては、いろいろ意味がかけてあるんです。その中の2、3個、一番大きな意味として、歌詞に「視界の藍も滲んだまま」ってあるんですけど、空を見上げている描写が重なってる曲で、空を見上げて、涙で空の藍色が滲んでるわけですよね。涙で二重になって見える景色から「藍二乗」っていうのが一つありつつ、あとはYouTubeだったりTwitterで、みんな考察とかしてるなと思う中で、一つだけめちゃくちゃ、「あっ、この人エスパーかな」っていうのが。『六月は雨上がりの街を書く』、の歌詞にも書いてあるんですけど、虚数単位のiを二乗してマイナス1になるから、君が引かれてる状態、君のいない生活で、マイナス1。だからi二乗。っていうのは、最初にこれ作ったコンセプトの中にあって。後からアルバムの中でタネ明かしをするつもりが、藍二乗を公開してもう言われていたから、よく当ててくるもんだなと普通にびっくりしましたね。面白いこと、斜め上のことを言ってる人たちも結構いたりして、そういうのを見るのも楽しくて、好きです。みんながワイワイやって楽しんでくれてるっていうのが、結構面白い、嬉しかったりしますね。

――私もYouTubeでコメントずっと見ちゃうタイプなんです。考察班の書く分量が他のミュージックビデオに比べてめちゃくちゃ多い。

n-buna:それは嬉しいことですよね。こんだけの熱量を持ってくれた子たちがいるっていう。正直、僕が曲を書いて、曲を大事にする熱量よりも、ファンの方達がこうやって思ってくれて、リアルタイムに投稿されるのを待って、聞いて、感想を書き連ねて、いろいろ考えてくれるこの熱量に、僕はどうしてもかなわないんだろうなと思いますね。有り難い。

――嬉しいですか?ちょっと切ないとか、そういうこともない?

n-buna:僕は全然、曲を書いて、書き終わった時点で切り離されているというか。作品を作り終えた、じゃあ、次の作品にいこうっていうのは、冷たい言い方ですけど、作り終わったものにあまり興味がわかないので。それでも出したものに対して、褒められたらそれこそ嬉しいですし。そうやってファンの方達が大事にしてくれているのを見ると感慨深くなりますし。自分のために曲を作ってるつもりが、みんながそれで一喜一憂してくれているのって不思議ですよね。ありがたいことです。

――不思議なんですね。
『藍二乗』っていう曲が、旅の始まりの曲になっていく。

n-buna:日付的には、一番初めですね。

――『だから僕は音楽を辞めた』っていう曲が一番最初にあって、できたっていうことなんですが、この曲ができたタイミングっていうのは、どれぐらいだったんでしょうか?

n-buna:2番目ですよねsuisさん?

suis:『藍二乗』は、『だから僕は音楽を辞めた』の次ってこと?

n-buna:だってデモって、これはめちゃくちゃ昔じゃない?

suis:めちゃくちゃ昔です。デモ自体は、(前に行った)ライブのあれも決まる前だったので。

n-buna:3年前か。

――そんなに!

suis:以前、仮歌マンの時にやらせてもらった曲です。

n-buna:歌詞感は多少変わってますけど。その前に作られてる『だから僕は音楽を辞めた』を一番最初に作り、2番目に『藍二乗』ですね。

――このアルバムを出すっていう時に、形とかが変わっていくっていうことは考えたり、思ったりとかはなかったんですか?

n-buna:昔から僕が書いてる方向性、音楽性、歌詞性もそうですけど、初めて曲を書いた時からほとんど何も変わってないです。だから、全然そのままハマります。2番以降の歌詞は、コンセプトに合わせて書き下ろしてますし。

――『詩書きとコーヒー』っていう曲。エルマっていう存在がずっと出てくる中で、この曲はすごい生活みたいな曲だなって感じたんですけど、エルマとの生活かちょっとわからないんですが、書きたいながらもそれを恐れるみたいな感情がこれを聴くとすごい感じるんですけど。「君が邪魔になっていった」とか、「忘れていく」っていう表現と、でも書きたいっていう思いの矛盾ってどういうところからきてるどういう感情なのかなって。

n-buna:あんまり歌詞について解説しすぎるのも無粋なので、軽く触れることにするんですけど。生活感じられると言いましたが、それこそ住まいが6畳の部屋だったり、家賃が5万6千円だったことだったり、バイト代6万円から家賃引かれて残り4千円が残るとか、僕の体験の歌詞なので。ガスも止まってますしね、僕。シャワーも冷たいですしね。練馬区関町で暮らしてましたしね。今回アルバム全体を通してですけど、僕はこの青年に命を与えたくて。現実の匂いをどこまでもさせたかったので、実体験はかなり盛り込んでます。だから現実の匂いがする作品になったなと改めて思いますし、『八月、某、月明かり』とか、普通に東伏見の高架橋を自転車で、バイトから逃げ出して飛んでますしね。

――実体験なんですね。

n-buna:それもその時ら辺にもう構想があったのかな。月が綺麗だったんですよね。あの時は、月明かりが美しかった。昔、僕、ストックホルムに住んでて。ガムラスタンも何度か行ったところ。八月のあの頃の景色をまたぐという歌詞もそうです。アルバムの中に体験をいろいろ入れてます。だからこそ青年が生きているように感じられるというか、そういうものになるんだなと思ったので。

――現実とか日常とか自分のことがすごく入っているので、どこまでこれがn-bunaさんのことなのかっていうのが、主人公と書き手が違うことも分かった上でそれがすごく曖昧だなって。これを聞いて、歌詞を読んで、手紙も読んで、分かんなくなっていく感覚がずっとあるんです。

n-buna:その方が作品の没入感も増すと思うんですよね。完全に創作から作る作品もとても美しいとは思うんですけど。このアルバムは自分を入れ込んだものを書いてます。

――ずっと聴いていると、この僕が本当にいるんじゃないかっていう気がして、苦しくなりますね。

n-buna:そう言ってもらえるとありがたいです。目的通りというか。

――ハマったんだと思います。ずっと聴いていて、芸術を諦めていく様子みたいなものが一つの流れになってこのアルバムの中に入っているなって感じて。今の時代って芸術とかの表現を諦めることがすごく増えてるのかなって。表現者がそういった中で、辞めるっていう過程をここまで感情的に劇的に綺麗に美しく表現しているのをすごく感じるというか。諦めることがありふれた中でそれを特別なことにしてるんじゃないかなってすごいこのアルバムを聞いて考えていて、終わりにすごくこだわっている。死ぬこととか、終わりが目的みたいになっているっていうのはどういうものなんですか?

n-buna:それは昔からの僕の思想です。手紙の中にもこの思想が散りばめられているんですけど。その思想の一部で。人間は本当にどう生きていてもどうせ死ぬので、一番大事なのは何をしたか、何を起こしたかを含めて、その人間がどう生きたかじゃないですか。それに尽きると思っていて。この主人公の生き方は、僕は間違いじゃないと思うんですよ。僕はまだやりたいことがあるので死ねないですけど。もし自分の寿命が少ないとわかったその時に、自分が何をするのか、どう生きるのか、その命題に突き当たったこの主人公がどうしたかっていったら、それは本当に寿命を残り一年と決めて、音楽の中で生きることにしたわけですよね。その生き方は僕は間違いじゃないと思っていて、一般的にいったら間違いなのかもしれないんですけど、それは人間本当にどうせ死ぬじゃないですか。だから、どう生きても自由なわけですよ。それは自分が一番美しいと思う方法で、表現した上で死んでいくっていうのが絶対に間違いじゃないと思うんですよ。僕は、それをこのアルバムで書きたかった。それに尽きます。

――ひとつ美しい何かの終わらせ方っていうか。

n-buna:終わりに美学は絶対あるので。終わり方は美しくないといけない。小説は最たるものですけど。どんな、前半、後半含めて全然よくないなと思った小説も、結びの一言がめちゃくちゃ美しいと僕は許しちゃうんですよ、読み終わった時に。そんな感覚です。

――これはもしかしたら一つの正解。

n-buna:僕にとっては正解です。

――明言もしてなかったと思うんですけど、この旅が終わった後の僕っていうのは。

n-buna:それは全部、視聴者に委ねる。視聴者に当てたい情報はアルバムの中で全部出し切ったので、あとはどう受け取ってもらっても、どう使ってもらっても構わないです。

――こうやって終わらせた。ここまでは用意したから、あとは受取手に委ねる、任せるっていう感じでしょうか?

n-buna:そうですね。

――登場人物は、僕と音楽とエルマの3人の中で物語が進行していくのかなって思うんですけど、エルマに何かモデルというか、エルマが彼女なのか、彼なのか、はたまた人物なのかっていうのもすごく曖昧に描かれているなって、聴いてると感じるんですよ。『藍二乗』だと、女性でイメージ的に描かれているのかなって思うんですが。あの女性がエルマって考えて間違いない?

n-buna:間違いじゃないですし、今まで出した通りですね。これに関しては、MVでも出しているので、エルマという女性と音楽を辞める青年の物語です。あとは、関係性だったり含めても全部自由に考えてくださいっていう。それだけですね。

――あえて詳しく細かく語らなかったのは、想像してほしいからになるんですか?

n-buna:そうですね。想像の余地がないほどすごい緻密な感じのプロットも好きだったりします。好きなんですけど、逆に空白があるからこそ想像の余地があるものも好きですね。ミロのヴィーナスしかり。宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」はあそこで終わってるから意味があると思うんですよね。純粋に宮沢賢治が病気によって後を書けなかっただけ、もしくは原稿が見つからないだけっていうのかもしれないですけど、僕はそこで終わって正解だったと思ってるんですよ。あの後どうなったかわからないからこその想像の余地。このアルバムにもそういう余白をもたせたかったっていうのはあります。

――想像の余地がある。最近は、この情報を聞いてアルバムの中を旅する生活をしていたんですが。歌と歌のつながりとかもやっぱり繰り返し聴いてると、感じるところではあるんですが、『踊ろうぜ』っていう曲の中では、「透明より澄み切った心で」って言ってるように、『詩書きとコーヒー』だと「幸せの色は準透明」って、透明二つ語っているのは、やはり意識していたりとか?曲と曲がリンクしてたりってのはあるんですか?

n-buna:純粋に『詩書きとコーヒー』の方は、『準透明少年』の昔出した曲のそれのもじりだったりしますけど。これは幸せの色について言ってますけど、こっちは心について、透明っていう言葉が僕は好きなので、それを使っていろいろ表現したりするってことはありますね。

――リンクっていうより、透明っていう言葉の感じになる?

n-buna:文章ですよね、大事なのは。「透明より澄み切った心で、世の中を笑う」っていう、皮肉というか捻くれたこの文章ですね。文章の意味を大事にしたかったぐらい。

――『踊ろうぜ』って曲なのに すごいですよね。色がないですもんね。

n-buna:そこはsuisさんのボーカルの感じも。すごいシニカルにも取れる感じで歌ってくれたしね。どうだった?

suis:ここまで世の中を皮肉るようになって、音楽も辞めて、ギター見せびらかしてたのが恥ずかしいみたいな気持ちになっちゃってる時に「踊ろうぜ」って、すごいおかしいって言ったら変ですけど、楽しくて踊り出したいっていうわけではもちろんないので。こういう時に、じゃあ、「踊ろうぜ」ってどういう「踊ろうぜ」なんだろうなっていう。まぁ、でも、エルマに対して書いた曲なので、自分と大切なエルマで、すっごい辛い時に二人で踊ろうって、なんだかすごいロマンチックですよね。これを歌ってる時は、ずっとロマンチックな気持ちでした。

――ロマンチックなんですね。

suis:いや、n-bunaくん的にはロマンチックじゃないのかな。

n-buna:僕がこれに対してどう思ってるかは、全然言わないですけど。ここでも認識の違いみたいな、乖離みたいなところが、逆にいいものを生むと思っていて。僕が思う良いものを目指し続けるというのも、それも美しい形かもしれないですけど、それこそ他の人、suisさんの解釈でこのボーカルを入れてくれたことに意味があると思っていて。僕は曲の解釈について、ここはこういう意味でとか絶対言わないですよ、一番最後まで。suisさんが歌詞を見て、思ってくれた通りに歌ってもらうことに意味があるとは思います。僕にとっても新しい風じゃないですか。こういうふうにくるんだみたいな。僕が表現したいものがありつつ、新しい人の手が加わる、suisさんのボーカルの意思が加わるっていうのでヨルシカは成立するというか、ヨルシカが生まれるってめちゃくちゃ思っているので。

――ロマンチック最高だなと。聴いて腑に落ちるっていうか、だからあんなふうにこの曲を歌えるんだろうなってすごい思って。

n-buna:この曲のボーカルいいね。

suis:私も一番好きなんよ。

n-buna:疾走感がある歌でいいよ。

suis:「踊ろうぜ」が4回出てくるんですけど、その4つを全部テンション感を変えて。

n-buna:最後とかちょっと明るいもんね。

suis:明るいよね。「踊ろうぜ」の気持ちが1曲の中で変わっていくっていうのが好きです。我ながら。

――他にお気に入りの曲とかっていうのもあったりしますか?歌っていて楽しいとか。

suis:歌っていて楽しいだと『だから僕は音楽を辞めた』。

n-buna:え、苦しいんじゃないの?苦しいから楽しい?

suis:没入感っていうものでいくとアルバムを通して結構すごいなって思うんですけど、特にこの曲はキーになる曲でもありますし、歌っている時に、自分も歌いながら落ちていく感覚というか、自分じゃなくなるみたいなのが一番強くて。自分が最も青年に近い状態になって、歌いながら本当に音楽を辞めて、その後、どうなるかっていうのは語られることではないんですけど、ものすごく追い詰められた気持ちと絶望感みたいなものに浸りきって歌うって楽しいなって。そういう意味では、誰が歌っても楽しくなるのかもしれないなって思ってるんですけど。

n-buna:他なんかこれ好きとかないの?お気に入りみたいな。

suis:これ好きはね。『八月、某、月明かり』の。

n-buna:あれいい歌してるよね。

suis:私は「そうだ きっと そうだ あの世ではロックンロールが流れてるんだ」っていう歌詞が、ここがすごい好きで。

n-buna:そりゃそうですよね。ロックンロールが流れてるもんな。

suis:流れてるね。

n-buna:ロックスターがみんないってますからね。あの世。

――人生27で死ねるならのくだりが最高ですよね。

n-buna:トゥエンティセブンクラブ。

suis:やばいですよね。あの世ではロックロール流れてるんだって。まともな人言わないですからね。すごい。わかるんですよ、やっぱり、まともじゃないからね。すごい好きですここは。歌っていて、自分の歌でもここは特に。本当にテイクを出した時に、結構気狂いな感じだったよね?

n-buna:そうだね。

suis:このテイクをとった時は、自分も頭がおかしい人になってしまうみたいな。

n-buna:この曲全体そうだったね、テンション。

suis:ディレクションをしてくださる方が、「どんどん入って」って後押しをしてくれるので、自分もレコーディングブースで一人、狭い箱に孤独になっていくと、おかしくなれるっていうのがあって。やってるうちにどんどん追い込まれて、特にn-bunaくんの説得力の妙にある歌詞。

n-buna:妙じゃないわ。

suis:この曲なんかはやっぱり、逃避だったり、頭が壊れていく感じだったり、息苦しさだったりみたいなものは、どんどん歌いながら入ってきたので、狂ってしまってやばかったなって思います。語彙力が全然ないんですけど。

n-buna:『八月、某、月明かり』は、そもそもテーマがあって。さっき話した実体験に戻りますけど、この曲は夜逃げの歌ですね。そのテーマがまずあって作った曲で。夜逃げの英訳が、moonlight flitで。月明かりの下を飛ぶっていう、そのイメージから『八月、某、月明かり』という曲ができました。

――書いてる時とかも焦るんですか?歌ってる時はそういう没入する。書いてる時も、焦ったりおかしくなったりみたいなのってあるんですか?

n-buna:ないです。何もないです、本当に。よし書きたい歌詞書くぞっていう感じです。歌詞を書いて、それにいいメロディがハマったなと思いながら、曲が完成していきます

suis:冷静に穏やかに。

n-buna:穏やかに作りました。

suis:MVとかだったら、ノートに「そうだ きっと そうだ あの世ではロックンロールが流れてるんだ!」って、汚い字で書きなぐってるみたいな、そういう気狂いが書いてるイメージがありますけど、n-bunaくんは淡々といい歌詞だなと思って。

――冷静に書いてるという(笑)
その乖離はめちゃくちゃ面白いですね。

suis:おもろいなぁ、確かになぁ。

――上に重ねられていくみたいな。

n-buna:いい表現ですね。

――8月の手紙。一度音楽を辞めた僕っていうのが手紙に入っていると思うんですけど、文章で。

n-buna:ピアノを辞めたからですね。ピアニストの夢を諦めている青年。音楽もそこで辞めている。そこで曲を作ることも辞めてるわけですね。

――エルマをきっかけにまた始めて、その音楽も終わりに向かっていくっていうことですね。もう一度始めたのは、エルマのおかげでというか、理由があって作った音楽にしたかったからとか。

n-buna:そこは伏せておきます。今楽しみなのが、書き溜めたこの手紙たちが、初回盤に出ることも楽しみですけど。これsuisさん読んでいないので。

suis:はい、読んでおりません。

n-buna:出た時に、suisさんとか世の中の音楽好きな人たちが、このなんか妄執の塊みたいなのを見て、どういうふうに思うのかなっていうのが楽しみですね。そこだけ本当に楽しみです。

――音楽をやっている人間がこれを読んだ時に、何を感じて、どう反応して、何をつくるかっていうのが楽しみだってことですか?

n-buna:できれば僕の思想に染まってほしい。みんな僕みたいな人間になればいいのにと思って。

suis:いやらしいねぇ。

n-buna:何がいやらしいだ。みんな同じ思想になったらとかって思わん?

suis:みんな同じ思想になったら本当に平和になるんだろうか?

n-buna:戦争なくなるよ。

suis:そしたら数が増えるだけで。数だけある。1にしたくなるかもしれん。

n-buna:蠱毒。

suis:一番強い思想だけが生き残って。

n-buna:ヨルシカの思想を広めた後に、日本の邦ロック界で蠱毒する?誰が一番強いヨルシカ部門で。

suis:ヨルシカ2、ヨルシカ3がデビューしてくれたら、蠱毒をね。

n-buna:やりましょうね。

――蠱毒が始まるんですか(笑)。

n-buna:僕たちが食い殺されるかもしれない。

suis:ヨルシカ2が優勝するかもしれないから。

n-buna:僕はそこでめちゃくちゃ美しい音楽が生まれたら嬉しいけどね。

suis:嬉しいね。おとなしく食われよう。

――食われることもそれは良しなんですね。

n-buna:僕個人よりね、芸術の方が大事ですからね。

――蠱毒が始まる。

suis:まさか蠱毒の話をするとは思わなかったですけど(笑)。

――思想の同一化がここにあったら、そう考えたらある意味爆弾みたいですね。
思想の同一化。スタンド・アローン・コンプレックスじゃないですか。

n-buna:懐かしい。

suis:宗教みたいなものですよね。

n-buna:好きって気持ちは宗教だからね。

suis:絶対影響されてないと思っても、好きなものにはどこかで影響を受けているものですもんね。

――その好きの対象、好きを向けられている立場だと思うんですけど、そこに対してどう感じたりとかするんですか?

suis:私個人としては、不用意に思想を広めるのって結構怖いなって思っていて。自分にその気がなくてもみんながそれに染まっていってしまうのって責任取れないじゃないですか、責任取れない分怖いなって思うんですけど。ヨルシカに関しては本当に無責任になれるというか、みんなの人生にただただよくも悪くも衝撃を与えて、これ聴いてすっごい鬱になって、嫌ですけど本当に3ヶ月寝込んだっていう人がもし生まれたとして、それはそれでこちらとしては、「良いやろ、寝込むやろ」って思いますけどね。

n-buna:まとめてくれたからそんな言うこともないですけど。僕は、逆になんもないです。好きの対象を向けられても。

suis:影響を与えることに罪悪感とかだったりがあるわけでもないってことだよね?

n-buna:それもないですね。同じこと思ってくれる人が増えるなら嬉しい。嬉しいのかな?たぶんこうやって嬉しいって言いながら、実のところ本当はなんも思ってないと思う。うまく書いて出した時点で、なんかこれは出たからいいやっていう気持ちっていうか、作りきったから、あとはみんなで楽しんでくださいっていう気持ちです。だから、この曲たちがどういう扱いをされるかとか、そこでどういう信仰を集めるかとか、どういう好きの対象、好意をもらうかを見たらいい気分にはなるんでしょうけど、書いた時点で大分切り離されているので。前Twitterかなんかで言ったことなんですけど、音楽を書き終えた時点で僕の音楽は終わってしまっているので、あとは好きにしてくださいと、それだけ。何をされていても僕はそんな感じです。褒められたら嬉しいですけど。もう今は、貶されても何にも思わないです。だからこそ好きに想像して楽しんでくださいっていうやり方ができるんだと思いますし、僕の頭は次の曲を書くことで満たされてます。

――作ったものは、自分とは少し遠い存在になっていく?

n-buna:そうですね。

――そこで何かを考えてもらうことが目的というわけでもないですよね。

n-buna:僕の作品の作り方にあるんですけど、手紙からも垣間見れるように、作ることが完全に目的で。ヘンリー・ダーガーの話に同じく、表現を創る人は、誰にも見られてなくても自分で作り続けなくちゃいけないんですよ。でも、僕たちがやっていることは、芸術といえば聞こえはいいですけど、こういうロック、ポップミュージックっていうのは、一種のエンターテイメントですから。僕がこういう音楽を書いたことによって収入を得て生きてるわけですよ。そこのところで、本当の意味で美しい芸術とはちょっと遠うじゃないですか。本当に自分たちが描きたいものだけを描いて、他人に評価されることとか、他人のこととか何も考えずに、自分が美しいと思うものだけを描くのが一番美しい芸術のあり方だと思うんです。僕はそこのところでエンターテイメントに迎合してしまってる部分がある。
そういう自分が嫌でこういう曲たちを作った、思想を書き溜めたっていうところもあって。だから最近は自分が書きたいものを作って、あとそれがどう扱われるかは考えないようにすることにしています。そっちの方が多少なりとも美しいやり方ですからね。今書きたいものが、邦ロック層の子たちとか、音楽を聴いている人たちが今求めているニーズにちょっとハマってくれているから、こうやって評価してもらえるようになって、ありがたいなと思うんですけど、本当はそこを気にせずに音楽を作るのが一番なので。僕はそういうことをあまり考えずに、曲を作ることに勤しむことに最近しています。

――手紙の中とかもすごくその思想は見えましたね。芸術は生活から遠いところにあるべきだなっていう気持ちとかはあるんですか?

n-buna:何かしら犠牲にしないと芸術的に尊いものは作れないんだろうなとは思います。コンプレックスですよね。自分のこういう音楽の作り方、今までやってきたことに対して、僕はエンターテイメントを作ってきたつもりじゃなかったのにそれに迎合していたというね。ただ、このアルバムを書き終えた今、思想も整理されて完全にまとまったし、じゃあ、あと曲作るかみたいな気持ちです。

――心の中にあったものを手紙にして、言語化してもっと形を固めていったみたいな感じになるんですかね?

n-buna:そうですね。

――そもそもn-bunaさんがものをつくるにあたって、根底にあるものって美しさなんだろうなっていうのをすごい感じて、それってものづくりじゃなくても、どんな日常生活であっても、どんなものに対しても美しさっていうものが根底に眠っているんじゃないかなと思って、その上でエンターテイメントである邦ロック、いわゆるですけれども、邦ロック的なエンターテイメントのこういうアルバムができたところに、少しでも抗いではないんですけれども、今回この手紙の内容であったりとか、今回の歌詞であったりとかっていうところにその抗いが生まれたことによって、今回このコンセプトがしっかりしたアルバムができているというところが、今回のアルバムのキーになっているのではないかなと聞いていて思ったんですけれども。その上でそれを作り出しているn-bunaさんの歌詞であったり、音楽であったりっていうところの深いところを知らないsuisさんが、それを推測しながら潜っていって歌うことによって、ヨルシカっていうのができているっていう。そこでありきたりですけど、化学反応みたいなところで、ヨルシカっていうものが成立しているっていうことなのかなと。そこら辺は大体近いところですか。

n-buna:近いですね。

suis:私は彼ほど美しさにこだわる思想の持ち主ではないんですけど、人間的には結構近いところがあって、彼の歌詞を読んでいても特に考察的なことはなく、読んでいてわかるわかるっていう、こういう時ってこういう気持ちだよねみたいなくらいの解釈で。自分の人生の中でこういう言葉、こういう発想が出た時はこういう顔になったから、こういう声が出たからっていうのを思い出しながら当てはめていったりとか、魂で共感しているだけなので。

n-buna:思想が近い人間じゃないとやってけないよね。

suis:化学反応といえば、確かにちゃんと起こってくれてはいるとは思うんですけど、落とし所がわかんなくなっちゃったな。なんて言うんですかね。

――全く一緒ではなくとも思想的なところでどこか近い部分があるので、うまくハマっている状態が今現在っていう感じですかね?

suis:見えてるものはもともと近い。違うところの力をというか、できることを出し合って。

n-buna:今それが正しい形なんじゃないかなと思いますね。
ただ究極的に突き詰めるなら、一つの音楽作品のあり方として、歌詞や世界観の内側も含めてここでこの主人公は、こういうことを思っていたんだよっていう内容を全部共有して、それの通りに歌ってもらうっていうのも作品として一つの面白いものになると思うんですよ。でも、僕が音楽やる意味って作品として美しいものを生み出すことと、自分が楽しむところにしかないので。それらのやり方は僕にとっても先が見えるじゃないですか。自分の想像の範囲内で作られるものというか。そこで、suisさんが自分で考えていろいろやってくれることで、僕も歌が上がってきた時に、あっ、こういうのがあるんだと思うんですよ。本当に新しい風ですよね。そういう時、僕も楽しい。それが今のヨルシカの良さに繋がってるならそれでいいんじゃないかなと思いますね。いろんな芸術の形があると思うので。今はこれでいいんじゃないかなと思ってます。

――ありがとうございます。

n-buna:芸術の話でいったら、芸術作品でいろんな形があるって今言ったんですけど、僕は理路整然と本当に美しさだけを追求していくのも本当好きなんですが、逆にその一方で、僕の好きなものと真逆のことをやってるものも好きで。
例えば、粗い表現だけど美しいものってあるじゃないですか。YouTubeとかで、粗い音質で、何をやっているかよくわかんないけど、ギターをかき鳴らしたり、汚い音でなんかやってるんだけど、それがめちゃくちゃ綺麗にハマってというか、一つの作品みたいに見える瞬間とかもありますし。絵とかでいったらバスキアとか、一見適当に描いたように見えるものが美しいと評価されている。ゴッホの歪んだ絵や色使いが美しいと言われている。美しさとは一見対極にあるような表現が綺麗に見える。っていう歪んだ美しさみたいな。奥が深いなと思いますね。あともう一つ、めっちゃ個人的な話なんですけど、ピーナッツくんも一つの芸術だと思うんだけどね。

suis:ピーナッツくんご存知ですか?

――いやちょっと。

n-buna:「オシャレになりたい!ピーナッツくん」っていう、YouTubeで1分間のショートアニメを投稿し続けている男がいるんですよ。(携帯を取り出して)開いてた、ピーナッツくん。

suis:怖いなぁ。

n-buna:これ最初にショートアニメを見たんですけど。

――何本あるんですか?

★n-buna:八十話近くあります。

『YouTubeより「第1話「#ハッシュタグ」オシャレになりたい!ピーナッツくん【自主制作アニメ】」をみんなで鑑賞。』

★n-buna:自作のアニメーションにほぼ全部一人で声を当てて、こういうアニメをずっと投稿し続けてるんですけど、この第1話はTwitterとかInstagramとかいろんなところでやられているハッシュタグっていうものが、実は本当は排泄物に近いっていう表現。皮肉ですよね。こうやって気張って出している。一見オシャレに見えるってところ、そういうちょっとした皮肉を交えつつみたいな。

――完全社会風刺ですよね。

n-buna:社会風刺ですね。これは芸術だと思いますね。音楽的な話でいったら、このピーナッツくんって、たまに生放送してるんですよ。それを昔見てたときに、彼とその妹が『小さな恋のうた』を弾き語りで一緒に歌っていて、それがめちゃくちゃ下手なんですけど、下手さの中の美しさみたいなのに不覚にも感動してしまって。これだけ音楽として下手なものが心に刺さることがあるんだなって思いましたね。

suis:芸術云々よりバックグラウンドだったり、それをやってる人の人生だったりっていうのが、そのまま現実になってるってことですよね。ピーナッツくんですけど。

n-buna:ピーナッツくんは芸術として美しいわ。バックグラウンドだったり、やってる人の情報とか含めた美しさも良いよね。
それこそバンドとか、ライブをやってるその姿とかが立ち振る舞い含めてめちゃくちゃカッコいい。そういうあり方も大好きで、それこそNUMBER GIRLとか好きなんですけど、最近再結成して最高に嬉しいですけど。あれも彼らの立ち振る舞いとか、すごいロックンローラーの姿、曲の良さ、演奏しているライブ感を含めて、全て纏まって出力された上でカッコいいじゃないですか。
でも、ヨルシカって僕はそれと対局なところを目指すべきだなとは思っていて、僕たちのバックグラウンドだったり、作ってる人間だったり、そういうものを一切隠して、作品だけを前に出すことによって、作品への没入感を深めたい。究極に言ったら、僕がヨルシカでやりたいのは、作品だけを出して、皆がそれを見て色々考えて、作品の情報だけで心を動かされてほしい。そういう作品至上主義を持ってます。

suis:作品しか出していなくて、n-bunaくんも私も外に顔を出しもせず、自分の人生のことも語らずでやってはいるんですけど、作品からはそれを作った人たちの人生だったりも、透けて見えてくるじゃないですか。0歳には歌えないものだったり、弾けないギターだったり、技術の問題以外でも。n-bunaくんには彼の人生があったからこの歌詞が書けて。作品しか見せなくても、作ってる人の人生ありきっていうのは感じ取って、感動してくれてるところもあるのかなって気はしてますね。

n-buna:作品を通して僕の価値観、僕の人生を見られているわけですよね。オスカー・ワイルドに倣って、僕も芸術至上主義なわけなんですけど、彼は人生こそが芸術を模倣すると、芸術が人生を真似るんじゃないんだと書いた。それを本当に信奉してるんですけど、僕が書くものに僕の人生、価値観がそのまま反映されているのなら、芸術は僕の人生に基づいてる。僕の人生に由来しているっていうのは本当に矛盾ですよね、俺の芸術至上主義の。そこが本当に苦しいから僕はこういうアルバムを作りました。

suis:ふふふっ(笑)

n-buna:ヨルシカ、僕の創作自体ですけど、自己矛盾の塊なんですよね。作品だけを出して尊いものであるはずなのに、そこに僕の人生がどうしても反映されるっていうこの矛盾と戦いながら生きてますよ。

suis:仕方ない!仕方ないですよ。

n-buna:曲を作るロボットになりたい。

suis:ロボットじゃ、こんな曲は作れないんだよ。AIがこの曲を作っても感動しないんだよ。そういうことだよ。

n-buna:わかんないよ、まだ。難しいね。

suis:変な感じになっちゃった(笑)

――いやいや。確かに作品を通して、リスナーの方がヨルシカの二人のことを見ているっていうのは、絶対にあるんですけど、そこだけは絶対逃れられないと思うんですけど、でもやっぱり、今suisさんが言ったみたいにn-bunaさんっていう人がいたからこそできてる作品であって、だからこそさっき言っていた美しさっていうところにつながると思うんですよ、全部が結局。人が為すことなので、人の為さないことで美しいことって、確かに今後出てくるかもしれないですけど、今現状で考えた時に、美しさってどこにあるのって言ったら人の上にしかないっていう考え方がわりと私は好きだったりするので、なのでn-bunaさんが作るからこその美しさってものがちゃんとここに内包されているんではないかなと。

n-buna:そう言ってもらえるとありがたいです。

――そういったところを聴いて、手紙も読ませていただいて感じたところかなとは思います。

n-buna:ありがとうございます。

――そんなにAIがとかっていうところに、いかないでもいいのかなと思ったので。n-bunaさんあっての、このアルバムらしいこの美しさだったりっていうところだと思います。

n-buna:慰められてしまった気がする。

suis:違う違う。

n-buna:僕慰められてるつもり、落ち込んでるつもりではなかったんですけど。

suis:慰められてないよ。

――事実です。

suis:そうだよって話で。そう思います。

――そう思います。話し足りないことはないですか?大丈夫そうですか?ピーナッツくんの話は大丈夫ですか。

suis:一番楽しそうにピーナッツくんを話して。

n-buna:僕が言いたいことは、面白いってことだけですね。
一つ作品の話に戻ると、「だから僕は音楽を辞めた」の青年はピアニストに憧れて、でもピアノを辞めたところから始まったわけですけど、青年のピアニストへの憧れという意味でサウンド面では、全体にピアノを散りばめているっていう作品にはなっていて、歌物の曲はサポートのはっちゃん(平畑徹也)さんに弾いてもらってるんですが、「8/31」、「7/13」、「5/6」、「4/10」とかの日付タイトルは全部自分でピアノ弾いてて。本当にクオリティを追求するなら僕よりもっと上手い人に弾いてもらった方がいいと思うんですけど、この4曲に関しては、この青年の日記に近いので、だから僕が下手なりに弾くことに意味があるんだなと思って弾いてました。

――ありがとうございます。では、最後になるんですけれども、4月10日にリリースされますが、聴いてくれるリスナーの方たちに向けて、二人代表どちらかでもいいんですけれども、一言メッセージをいただければなと。

suis:私もn-bunaくんもこれに尽きるんですけど、良いもの作ったので楽しんでくださいと。それだけだよね?

n-buna:それだけです。

――では、本日はありがとうございました。

一同:ありがとうございました。

ヨルシカ – 藍二乗 (MUSIC VIDEO)

ヨルシカ – パレード (MUSIC VIDEO)

ヨルシカ – だから僕は音楽を辞めた (MUSIC VIDEO)

だから僕は音楽を辞めた (Album Trailer)


尾方里菜

尾方里菜デザイナー・ライター

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表現することが好きな、どこにでもいる普通の人。思い立ったらなんでもやりたい。我慢できない性質(たち)。
現在はデザイナーとして修行しつつ、このメディアでライターも経験させていただいております。
趣味は写真を撮ることと絵を描くこと。好きな言葉は「鳩だって死ぬところを見るまで不死身だ」よろしくどうぞ。

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