Sou – 「深層から」レビュー

2015年12月発表の「水奏レグルス」発売。気づけば月日は流れ、時代も平成が終わって新しく令和に変わり、その時から3年8カ月が経った。満を辞してSouの音を冠した二枚目のアルバム「深層から」をリリース。どんな音楽を聴かせてくれるのだろうか。早速レビューしていこうと思う。

頭に待ち受けるはSouの活動史上初となる、自身で作成した楽曲「愚者のパレード」だ。今回アルバムジャケットのイラストも手がけるsakiyamaがMVを担当し、この曲の魅力をより一層盛り上げている。彼の透き通る裏声が冴え渡る、当たり前だが彼のための曲。堂々のクォリティ。彼のスタート、とも言えるはじまりの1曲に「気付いたら僕はもうダメになっていた」なんてあまりにも象徴的で、だからこそこれからの彼がどんな音楽を作っていくのか楽しみになる。もっともっと色んな雰囲気の音楽を聴いてみたい。

2曲目は「トーキョーゲット」のおでましだ。足を踏みならすような一定のリズムを刻むイントロ。Souとも関係の深いEveの曲であり、「本物を超えろ」と語りかけてくる感じが皮肉的で面白い。本家はもっとアンダーグラウンドで、不気味な揺らぎがあって変化球気味だが、対照的に彼の歌うこの曲は純粋・まっすぐ勝負。という雰囲気だ。Souの歌をこの音楽にきちんと落とし込んでいる、そんな印象を受ける。

3曲目の「ハングリーニコル」。不況和音一歩手前のぎりぎり音楽の体裁を保った、危ういイントロからどこか気だるげに、鼻にかかる声。煮ル果実の楽曲で、その軽快なテンポと、小気味よい言葉たちの連鎖。「痛みと苦悩の蜜の隙間 愚かな骸に這い寄るナンセンス 吐けず 飲み干した言葉は今 君の奥だろう」文字に起こすと毒を強く含んだ言葉達が遅効性の毒のようにじわじわと、脳の中に広がっていく。そこにSouの歌声がマッチして繰り返し聴きたくなる魔力を持っているのが、さらに一層恐ろしい。

「鯰」こう書いて「ナマズ」と読む。暴れると地震が起こるとか、起こらないとかの「ナマズ」。羽生まゐごが贈る1曲。どことなく漂う和のテイスト。後ろに聞こえる祭囃子の太鼓や笛のような音が、妖しい雰囲気を作り出す。水の中に誘い込むような蠱惑的な歌声に揺さぶられる。「こっち向いてよお嬢さん 此処はもうじき海の底へ 帰らなくていいさ」そんな4曲目「鯰」。

「Daphne(ダフニー)、Ficus(フィークス)、Iris(アイリス)、 Maackia(マーキア)、Lythrum(リスラム)、Myrica(ミリカ)、 Sabia(サビア)、Flos(フロース)…」訥々としたセリフからはじまる、彼に合わせて少し低めな「flos」5曲目。ラテン語で花を表す言葉のように、甘くとろかすような声色。重ねられるセリフもそれぞれが花の名前を示すラテン語だ。蕾が花開くように、膨らみのある作りが魅力的。

作詞作曲をSouも手がける6曲目「ノイド」。オリジナル楽曲だ。愚者のパレードと同様にsakiyamaがMVを担当。そのアニメーションの中にはアンドロイドの少年が登場するが、タイトルの「NOID」は「何かのような、何かに似た」の意味を持つ単語「oid」、アンドロイド androidの末から取られているものと推測できる。「フロイトのクローンが居たなら
奴等のも科学できたのかなぁ 「所詮、紛いモンです」なんて その解答を訊かせておくれよ」アップテンポで、考えさせられるような、遊び心たっぷりの歌詞が聴くものを惹きつける。さて「僕等 今日も縋って存在証明」Youtubeのコメントにも残された歌詞の一部。実は「NOID」にはアメリカの俗称に誇大妄想家、偏執症者といった、別の意味がある。彼は本当にアンドロイドだったのだろうか、この考察が、これが誇大妄想でない事をなんとなく祈っておく。

有形ランペイジ(Sasakure.UK)提供曲である「シンソウ」アルバムタイトルが「深層から」であるように、この1枚のために用意された7曲目。「—その色を僕は“蒼(Sou)”と名付けた」の歌詞がそれを象徴的に示している。Sasakure.UKらしさが溢れる疾走感溢れる、複雑で難しい楽曲。それを華麗に歌いこなすSou。2人の表現者が出会って、新たな作品を作り出していく様がたまらない。

こんにちは谷田さん(キタニタツヤ)の楽曲「波に名前をつけること、僕らの呼吸に終わりがあること。」が8曲目。波に攫われて消えてしまうような儚さを持つ、爽やかなサウンド。本家では初音ミクが歌っているが、今回は男性のSouが歌唱を務めることで、歌がただ純粋なだけではなく、悔しさや後悔、いろんな感情が落とし込まれ、また違った様相を呈している。もとの透明でキラキラ輝くような音も素敵だが、複数の色が混ざった深みのある音もまた違った聴こえ方があって楽しい。

9曲目怪しいサウンドを響かせてはじまる「エリカ」。あめのむらくもPのデビュー作であるこの曲は、エリカという存在に語りかけるような、一方で独白のような、孤独な歌詞が特徴的だ。「やっぱり何かが足りない アレもコレもと集めてみたものの 心のどっかが寂しい」そう歌の中の自分はそう告げる。「ただ揺れるエリカ」私は知らなかったのだがエリカの花言葉は「孤独」だそうだ。

「グレイの海」が10曲目。ゆっくりと水が流れていくみたいな進行。大きな海のように開けて、広がっていくような歌声。Eveの手がけた曲がここでもまた登場する。しかしこれはこのアルバムのために作成された特別なもの。トーキョーゲットとはガラリ雰囲気が変わって、スローテンポで落ち着いた楽曲である。

「どうしてよって駄々こねたって どうしてもって理由つけたって どうでもいいこと知らないんだ どうにもならない 知ってるんだ」歪んだ機械音がなったかと思えば、シャカシャカと耳障りの良いイントロからはじまり、そうして歌い始めるSou。徐々に高まっていくボルテージとサビに向けた圧倒的な盛り上がりがあまりにも心に突き刺さる。椎名もた「Q」が11曲目だ。

2014年に発表された蝶々Pの楽曲「心做し」。Youtubeでは68万回、ニコニコ動画では90万以上再生される爆発的な認知度と人気を誇るこの曲が12曲目。あまたの人が「歌ってみた」を投稿する中でSou自身も2015年に「【感情を込めて】心做し 歌ってみた ver.Sou【オリジナルPV】をアップしている。ただし今回は何倍もレベルアップした新「心做し」に仕上がっている。以前よりカラッとした音、それでも情緒たっぷり。伝えたい感情の込め方がより洗練され、彼らしい歌い方が確立されていっているように感じた。

これで最後の1曲になってしまった。「心做し」の対になる曲として作成された「証として」がこのアルバムの最後を飾る。ただただ優しい声に圧倒される。ほろ苦く、でも希望のある歌詞。「何も信じられないこんな世界に 僕が生きる意味はあるだろうか だけど君に逢えたこんな世界が 何故か愛しいと思ってしまった そう思えてしまった」終わりに向かって、進んでいくけれど、長かった夜が明けるような、降り続いた雨が上がるような、冷たい氷がようやく解けるような、終わりは必ずしも悪いものではないと、思わせてくれるような、そんな、締めくくりにふさわしい最高の曲だ。

全13曲。彼の今の姿を余すところなく詰め込んだキマリにキマった素敵なご機嫌なアルバムに仕上がっている。その上で彼はこれからもまだまだ躍進していくことを感じさせる1枚でもあると思った。彼がこれからどうなっていくのか、それを一緒に楽しんでいく上でもセカンドアルバム「深層から」は聴いてほしい名盤だ。乗り遅れずぜひ付いてきてほしい。



尾方里菜

尾方里菜デザイナー・ライター

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表現することが好きな、どこにでもいる普通の人。思い立ったらなんでもやりたい。我慢できない性質(たち)。
現在はデザイナーとして修行しつつ、このメディアでライターも経験させていただいております。
趣味は写真を撮ることと絵を描くこと。好きな言葉は「鳩だって死ぬところを見るまで不死身だ」よろしくどうぞ。

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