―はじめに―
Optimanotes読者の皆さま、こんばんは。神西亜樹です。小説家として、こちらで「小説っぽいコラム」、物語調のコラムを書かせてもらってます。
以下より本文となります。楽しんでいただけたら幸いです。
(そういえば、前回まで話題に出していたpeople in the boxがつい先日、新譜を出しました。よければ是非)
―本文―
「どうした神西。そんなに目を丸くして」
僕は空想猫のジジノスケに、マックブック・エアーのディスプレイを見せた。『透明な林檎』第二回が更新されていたからだ。第一回に続き、僕とジジノスケのとりとめのない雑談が文字におこされ、掲載されている。
「いや、神西。このコラム文はお前が書いたやつだろ。つい最近、ここでさ」
僕が? いつ? パンがおにぎりに見えるほど酔っていたあの日か?
「ほら、パソコンでカタカタやっていたじゃないか」
それは別の仕事だ。猫は文字を読めないから好き勝手に言う。
「聞き捨てならないな。むしろ猫と言ったら文学だろ。お前は『吾輩は猫である』という名著を知らんのか」
それは夏目漱石が書いた。
「ハァ。何もわかってないな、人間は・・・」
ため息でヒゲを揺らすジジノスケに背を向け、僕は音楽を聴こうとプレイリストを開く。
「何を聴くつもりだ? ソーダ水でも飲むか? それとも上海ガニを食べる?」
いや、とっておきのうたがある。
「ああ、この曲はガキの頃よく部屋でかかっていた……バンプオブチキンか」
先日、星野源がサブスクリプションを解禁し話題になっていたけど、バンプオブチキンの解禁も衝撃だった。別に僕はサブスクを礼讃したいわけではないのだけど、やはりシステムとして手近だし、解禁されると嬉しい。つい聴き漁ってしまう。
僕の音楽の始まりはバンプオブチキンと共にあった。中学時代、それまで「何となく周囲に合わせて聴くもの」でしかなかった音楽への認識を変えてくれたのが彼らだ。
『天体観測』が収録されている『ジュピター』が最新のアルバムだった頃、すでに彼らは現実でも、そしてネットシーンでも有名なバンドとなっていた。理由はたくさんあって――。
「待て待て、やめろ。お前のバンプオブチキンの話は長いし重い。人前で好きなものの話をするな」
君は猫だから人前じゃないだろう。
それに、話をするとしたら、興味ないものより好きなものの話をするべきじゃないのか?
「いいや、逆だね。他人の好きなものの話なんて聞いて何になる? 俺に何ができるって? うなずくことしかできないじゃないか。うなずいて、うなずいて、その果てにうなだれることしかできない。相手を無力感に苛ませるな。だったら、天気の話をした方がまだ肩も凝らずに済むってもんだ。今日は晴れたね。ああそうだな。ほら、雲がフグみたいだ。なんで雲って魚類ばかりに例えられるんだ・・・みたいにな。話も広がる。争いは生まれない。世界は平和だ」
断っておくが、ジジノスケがひねくれているのは僕のせいじゃない。これは誤解しないでほしい。
「誰に断ってるんだ」
じゃあひとつだけ。なるべく客観視して、一番大きいと思う理由だけ話させてくれ。
「わかったわかった」
僕は、あの時代に彼らの歌が万人に受け入れられたのは、「音楽に物語を閉じ込めた」ことが理由として大きいのではと思っている。
唄うたいの猫『ガラスのブルース』、黒猫の一途な奔走『K』、笑顔を運ぶ『ラフメイカー』、孤独なライオンがたどり着いたもの『ダンデライオン』、挙げればキリがない。非人間の物語にスポットがあたりがちだが、もちろん人間の物語もたくさんある。
「くふっ・・・くっ・・・エバー・ラスティング・ライのアコースティックバージョンを聴いたときのお前の、大泣きを思い出すと・・・はは、すまない、ダメだ。話を進めてくれ」
・・・・・・。
ともかく、特に初期作品は、歌ごとに架空の登場人物が設定されているような歌詞で、音楽と共にページがめくられていくような――そういう音楽ばかりだった。四分二十秒程度のポップス尺で語られる物語というのは、簡潔で、ダイレクトで、理解しやすい。子供にもわかるのだ。そしてそんな伝わりやすい「音楽フィルター」を通して、バンプオブチキンは彼らの哲学や意思を示してきた。物語という翻訳機を使って気持ちを伝えてきた。話しかけてきたんだ。
『ボクはこういうことを思ってるんだけど、実はキミもそうだったりしないかい?』ってね。
そりゃ、思春期の、まだ衝動と孤独を言葉にできない子供にとって、代えがたい衝撃的な体験となるわけである。
感情の代弁。心情の救済。それこそが表現の本質で、これは音楽にも物語にも共通するんだ。バカな子供だった僕が、そのことに気づかされた瞬間がここにあったのだ。
物語という表現の力に大いに興味を持たせてくれたのが、バンプオブチキンというわけなんだよ。
「小説家になったきっかけってことか?」
まあ、関係なくはないと思う。小説を読み始めた時期と重なるし。
僕はバンプオブチキンから物語に目を向けたのかもしれない。
「ふうん」と猫がさして興味なさそうに尻尾を揺らす。
「そういえば、最新のアルバムも公開されていたな。どれが好きだった?」
一番は記念撮影だな。僕の中のトレンドを押さえていたように思う。
他にも、新世界、アンサー、流れ星の・・・。
「ストップストップ。玄関で呼び鈴を押してる奴がいる。話をやめろ」
猫が僕に報告した。「何回押してる?」と僕が訊くと、「三回」と答える。
どうやら時間が来てしまったようだ。僕は玄関へ向かうべく立ち上がった。