神西亜樹「透明な林檎」 Vol.06 – 君だけに真実を話そう

バーでかける音楽は何が適切か、私は考えた。ジャズだろうか。しかしジャズは専門外で、これといったアーティストは思い浮かばない。今のようにリクエストを求められているときは、結局は自分の中にあるささやかな引き出しから、それっぽいものを見繕うほかない。

「gorillazをかけてくれ」と回収員が言った。私も、彼の言葉に便乗して頷く。バーテンが奥へと消えた。

Gorillaz – Spitting Out The Demons (Official Audio)

しかし、gorillazか。
私は日常的にGorillazがかかっているバーを想像してみた。それはダウンタウンにあって、電灯が三つしかない薄暗いバーだ。店の中央には壊れかけのピンボールがあって、夜、仕事を終えた汚染工場の男たちがその一台に蟻のように群がり、最後にはビール瓶での殴り合いになる。その光景を、モヒート片手に店の端で眺めている男がいる。「ノック」だ。「ノック」は本名ではない。この男がドアをノックしたら、必ず不幸が起こる――そんな噂話から付けられたあだ名である。「ノック」は町の荒くれ者たちから恐れられていたし、人嫌いで有名な三つ首モグラのシェリーのアジトにも、唯一出入りを許されている。

「おい、聞いてるか? どうした、ぼーっとして」

私は肩をすくめ、gorillazは良いチョイスだ、と回収員に伝えた。良いチョイスだが、ときに危険を伴うチョイスだ。

「危険? 連中ほど仲間思いな奴らもいないさ」

まさにダウンタウンにいる連中が言いそうなセリフだな、と私は思った。

「それとも、何かかけたい曲のアテがあったのかい?アンタならバーで何をかける?」

そう言われると弱い。先ほど散々考えて、大した案が思いつかなかったからこそ、いま店内ではDirty Harryがかかっているのだから。

Gorillaz – Dirty Harry (BRITs Animation) (Screen only)

・・・syrup16gかな、と私は言った。

「そりゃないだろ。シロップのどの辺がバーに合うっていうんだ」

そう言わず聴いてみてくれ、と私はYouTubeを開いたが、あいにく、syrup16gはYouTubeに公式チャンネルを持っていなかった。私がsyrup16gをよく聴いていた高校時代なら、「世間からの隔絶」は音楽の見せ方として意味のある、魅力的な方針だったが、今のご時世にそのスタンスを続けるのは危ういのでは、と私は内心でひそかに吐露した。

・・・実のところ、私だってシロップがバーに合うとは思っていない。ただ、酔った日のことを考えると自然とシロップが浮かぶのだ。私はいつも酒に酔いつぶれると、気持ち悪さで横になれなくなる。そんな時は、気持ち悪さがおさまる深夜三時頃まで、ベッドの上にうずくまりながらsyrup16gの絶望的な音楽を聴いて、絶望的な気分に浸ることにしている。そうすると今の己のみじめさが慰められ、気が楽になるのだ。

音楽に救われた経験は、誰しもにあると思う。音楽が自分の心境を代弁してくれる、と感じる瞬間は輝かしく、音楽の頼もしさに心震える。
だが、代弁してくれることが必ずしも救いにつながるとは限らない。シロップというバンドは、人間の「代弁されてはならない」「自覚的になってはならない」ような、薄暗い部分を代弁してしまうバンドだ。夜を観察し、見えない生き物を見つけた挙句、私たちが実はひどく愚かしい存在だという秘密を――人によっては心の奥底で気づいている秘密を――囁き、そのことを肯定してくれる。世界の真実を話してくれるのだ。
でも、そんなこと知らなくて良いはずなのだ。ここがひどい場所だなんて、知らずに生きられる方が幸せに決まってる。たとえ私の前にあるカクテルの中に邪悪な混ぜ物があったとしても、知らなければ美味しく飲むことができるのに。

「考え始めると会話中だろうと静かになっちまうの、アンタの悪い癖だぞ。今度は何を考えてる?」

音楽は麻薬だなってことを考えてた。

「そうだな。音楽はドラッグだ。Gorillazにもそういう部分はある」

そうだね。Gorillazもダウナーなサウンドで、現代人の荒んだ頭をさらにクラクラさせる、ドラッグタイプの音楽だ。酒にしろ麻薬にしろ音楽にしろ、我々はクラクラせずにはやってられない世界で生きてるんだなってことを、いやでも実感させてくれるよ。困ったことにね。

「別に困ったことではないだろ。というかさ、酔えるものがあるだけ、この世界はマシなんじゃないか?きっと天国にしろ地獄にしろ、酔うものなんて何もないだろうよ」

一理あるかもしれない。現実逃避ができない現実ほど、おそろしいものはない。
回収員は赤い液体をグイっとあおり、グラスを空にすると、席を立つ。もう帰るのか?と私が声をかける。

「受け取るべきものは受け取ったからな」

来月も同じ日に、このバー?

「そうだ。透明な林檎が見つかるまで、そうだよ」

店内に残された私の背後から、Fire Fliesのイントロが流れ始めた。
はやく透明な林檎を見つけなければ、と私は思った。

Gorillaz – Fire Flies (Visualiser)

神西亜樹

神西亜樹小説家・シナリオライター

投稿者の過去記事

2014年、『第一回 新潮nex大賞』大賞受賞。新潮文庫nexよりデビュー。
最新作『東京タワー・レストラン』発売中。
ショートシナリオや劇場用映画脚本協力等も担当、シナリオメイキングに幅広く携わる。
昔はボーカロイドで楽曲を制作しており、作詞から挿絵、動画まですべて自作していた。音楽は今でも愛好。
ユーモラスで優しい話が好き。

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