神西亜樹「透明な林檎」 Vol.07 – ゴールデンスランバー

The 1975 – Sincerity Is Scary (Official Video)

嫌だ、と僕は言った。

「まだ何も言ってないだろ」

ジジノスケが眉をひそめる。
ジジノスケは我が家に居つく空想猫だ。猫なので、いまの顔は「眉をひそめる」というより、「眉間にしわを寄せる」という表現が正しいかもしれない。いったい何処にそれだけの表情筋が余っていたのか尋ねたくなるくらい、猫は眉間が豊かだ。そんな豊満な眉間を使い、ジジノスケは彼が成し得る内で最もブサイクな顔をしてみせた。

「何が嫌なんだ」

何もかもさ、と僕は答える。今日はもう何もしたくないんだ。
だって、三が日なんだぜ?
正月というのは、一年で最も無気力でいられる時間のはずだろ。スロウリーなサウンドに身を預けながら、部屋の中でカップ片手に過ごす日だ。ダニエル・シーザーみたいにね。

Daniel Caesar – Best Part | A COLORS SHOW

「正月だって働いてる奴はいるだろ」

それは企業側の問題だ。あるいは国が悪い。僕のせいじゃない。
いいかジジノスケ、と僕は猫に向き直った。
僕は昔、一度だけ年越しを仕事で跨いだことがある。学生時代に、コンビニの深夜バイトをしていた時だ。商品の補充をしていたらいつの間にか違う年になっていた、あの虚しさは忘れられないよ。悲劇だ。悲劇は二度と繰り返しちゃいけないだろ。

「今月もコラム書くんだろ」

だから、アレは僕が書いたものじゃない。ここでの会話が勝手に文字おこしされてるんだ。

「というか、神西、俺は別に働けと言いたいわけじゃない。いいから話を聞け」

嫌だね。僕はこたつの中に逃げ込んだ。

「これじゃ、どちらが猫かわかったもんじゃないな・・・とはいえお前も、初詣くらいは行ったんだろ」

首肯した。

だが、僕は初詣もまた悪しき風習だと思っている。なぜなら正月に外に出なくてはいけない風習だからだ。そろそろインターネット初詣が整備され、定番となってもいい時代じゃないのだろうか。オリンピックに5G、今年はいろいろなものが整備されていく。このままでは初詣だけが取り残されてしまうぞ。それでいいのか。

「お前はさっきから何を言ってるんだ」とジジノスケが眉を・・・眉間にしわを寄せた。

それに、これだよ。この惨状を見てくれ。

「大吉じゃないか。何が不満なんだ」

よく読んでくれよ。
全部「よし」の一言で済まされてる。
こんな適当な文章があっていいのか?曲がりなりにも小説家である立場から言わせてもらうと、この文言は明らかに手を抜いている。神様は一つ一つのおみくじを、もうすこし丁寧に作るべきだ。

「神様も予算には勝てないんだろうさ」

だから、ネット初詣にしてしまえば良いんだよ。おみくじは診断メーカーをうまく流用すれば、いくらでも遊びを作れる。もしくは作家を使って書かせてもいい。おみくじの文言を作るアルバイトを、クリスマスシーズン前に合わせて募集するんだ。間違いなく応募が殺到するぞ。応募条件は「正月に家から出たがらない、ごく一般的な成人」。

Jack Johnson – Wasting Time

「いいから話を聞け!お前は、透明な林檎について考えないといけないはずだろ!」

林檎より蜜柑だ。僕はこたつの中から、こたつの上にあるはずの蜜柑を手探りした。

「ったく、ダメだなこれは・・・おい、玄関で呼び鈴を押してる奴がいるぞ」

猫が僕に報告した。「何回押してる?」と僕が訊くと、「三回」と答える。
君が応対してくれ、と僕は言った。猫は乱暴にこたつを引っぺがしてから、窓の外へと消えた。

神西亜樹

神西亜樹小説家・シナリオライター

投稿者の過去記事

2014年、『第一回 新潮nex大賞』大賞受賞。新潮文庫nexよりデビュー。
最新作『東京タワー・レストラン』発売中。
ショートシナリオや劇場用映画脚本協力等も担当、シナリオメイキングに幅広く携わる。
昔はボーカロイドで楽曲を制作しており、作詞から挿絵、動画まですべて自作していた。音楽は今でも愛好。
ユーモラスで優しい話が好き。

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