「どこでもいい。さぁ、行こうか。」 Vol.25 – 何故君は怒らないのか。

自分は以前、非常に怒るタイプの人間でした。ですが年齢を重ねるにつれ、色々な失敗を重ね、怒らない性格になっていきました。もう怒らなくなってから大分経ちます。そんな時に珍しい事件が起きました。

この間知人に友人を侮辱されました。
自分は愛想笑いをしていました。

あれー!?何か壊れた!今自分の中の何かが壊れた!赤い実弾けたとかじゃなくて、何か死んだ!

ちょっとこれは自分の中で野村サミットを開かないといけないぞということでこの場を借りて書いてみます。

怒らない=いい人

きっと皆さんにはこんなイメージがあると思うんです。だけど俺は全然そうは思いません。

怒らない人=他人に期待も興味もない人

このパターンが非常に多い。怒らない人は相手の改善を諦めています。
「言っても変わらない」「言うだけ体力の無駄」「どうせこいつの人生は俺には関係ないし」「ろくな死に方しねぇな、こいつ」と思っているのだと思います。
むしろ「そのままポンコツな人格で一生暮らせ」と思ってるかもしれません。

僕はそう思っています。

愛想笑いをして、何となくやり過す。鈍感な人はその愛想笑いに気づかない。
だから怒らない人は気づかないうちに去る。ある意味怒る人よりも怖い存在だと思います。

果たして怒らないことがそんなに正義なのか?

最近これについてよく考える。自分のストレスを解消するためだけに怒るのは確かによくない。怒る人、怒らない人、この両方を経験したうえで言えることがある。

やっぱり怒らなければいけない局面ってのは結構ある。

約束を破る。
好きな人、モノを侮辱される。
無礼。
騙そうとしてくる。

そして多分、これも怒っていいと思う。

自分を馬鹿にされる。

え?それ書いちゃう?普通は好きな人を馬鹿にされたら怒るっていうのを文字を大きくするところじゃない?って皆さん思ったでしょう。
どんな怒りにせよ、これが根本です。
誰だってこれが根本です。きれいごとを言う感じでもないので正直に書きました。

怒っている人を見たら「かわいそうな人なんだな」って思えばいいよ。といろいろな人から言われました。その境地にやっとたどり着くことは出来たのですがたどり着いたら着いたでまた色々な感情が沸いております。

「しょうがないよね。泣き寝入りするしかないね。」
「長い物には巻かれろ、だよね。」
という諦めの精神は人生に置いて必要ないと考えています。

今書きながら一つの答えが出ましたのでここに残したいと思います。

仏の顔も三度まで。

え。すごいいい言葉じゃない?これ。なにこれ。すごい。

怒るところは怒れ。なんでもかんでも諦めるな。

怒り方を忘れたらそれはそれで問題あるなと思いました。

じゃぁ皆さんハッピーバレンタイン。

ABAYO!

【Yellow Studs MV 脱線】

野村 太一

野村 太一Yellow Studs(Vo.Key)、音楽制作、web制作、デザイナー、ナレーター

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18歳で上京。美容専門学校に入学するも途中で退学。家賃29000円の風呂なしアパートやら転々としつつ中野に腰を据える。
数々のバイトで食いつないできたが、30歳で晴れてバンドやら何やらで生計を立てることになる。
社会人経験ゼロのダメ人間。

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