神西亜樹「透明な林檎」 Vol.11 – アメ

雨が降りそうだ。

「ずいぶん詩的な表現をしたな」

ジジノスケが何を言っているのか、一瞬わからなかった。この空想猫は、いつも猫であるということを忘れて好き勝手喋っているが、とうとう詩的という言葉の意味すら忘れてしまったのか?物書きの家に居ついているのに?
動物病院に連れて行ったほうがよいだろうか。しかし受付の際にどのように伝えればよいのだろう。「空想猫が詩的表現を忘れてしまったんです」?まずいな。そんなこと言ったら、僕が病院送りになりそうだ。

ああ、なるほど。そういうことか。僕はふと腑に落ちた。
「雨が降りそうだ」という一文は一見すると何の変哲もない日本語だが、同時に小説や歌詞で頻繁に見られる一文でもある。そしてそのような場面で使われるとき、この凡庸な一言は、途端に複雑で象徴的な意味を持つ。

Sunny Day Service – 雨が降りそう【Official Video】

雨が降りそう。
もしそんなことを小説の登場人物が言ったなら、次の展開で間違いなく悪いことが起こる。ファンタジーなら重要人物が死ぬし、恋愛ものなら二人は別れる。文化祭は失敗するし、守りたかった約束は守れない。

「おいおい。まるで雨が悪者みたいじゃないか」

それくらい影響力を持っているということさ。物語が切り替わってしまうくらい巨大な舞台装置なんだ。
雨に濡れている姿。頬を滑る雨粒。傘から垂れる一滴。雨宿りする二人の静寂。水たまりを踏む子供。交差点を行きかう人たちは、空からは見えなくなる。

「詩的だな」

そういうこと。雨は詩的だし、僕は好きだね。初めて書いた詞なんか、雨と飴をかけていた気がするな。高校の頃組んだバンド名にはアジサイという単語が入っていた。たぶんほかの自作でも雨というアイデアには何度もお世話になっている。
雨は好きだ。ただ、予定のある日には絶対降ってほしくはないけども。

「自己中心的」

作家なんて皆そうさ。

「ま、6月は雨が多いからな。気分が混乱しやすい。お前のいまの戯言も聞き流してやる。今日は雨の曲でも聴くか」

といっても、雨をタイトルに冠した曲というのは、意外に少ないんだ。検索しづらい。

「なにかパッと思いつく曲はないのか?」

TENDER。ストレイテナーの。
ストレイテナー – TENDER

「いやコレ、十二月の曲じゃねえか!歌詞の一言目でそう言ってんじゃねえか」

文句の多い猫だな、と僕は思った。羊文学とか、ハンバート ハンバートあたりを聴いていれば、そのうち雨の曲にあたるんじゃないか?大橋トリオとか。

「なんだその勝手なイメージは。まあ、ありそうではあるが・・・そうだ、アーティスト名で考えてみるのはどうだ?雨のパレードとか、凛として時雨とか」

いや、梅雨だぜ。もっとどんよりしたアーティスト名じゃないとさ。

「ダァー!」

ジジノスケは麻のクッションに一発お見舞いした後、さじを投げたようにどこかへ行った。猫は忍耐が足りない、と平生から僕は思う。
僕は茶菓子を用意しつつ、引き続き雨の曲について思案した。

雨・・・アメ・・・

「おい。玄関で呼び鈴を鳴らしてるやつがいるぞ」

遠くから呼びかけるジジノスケの声をきき、僕はキャプテン・アメリカのサントラを棚に戻して、「何回?」と尋ねた。

「三回」

やれやれ、雨の日にご苦労なことだ。僕は玄関へ向かうべく立ち上がった。

神西亜樹

神西亜樹小説家・シナリオライター

投稿者の過去記事

2014年、『第一回 新潮nex大賞』大賞受賞。新潮文庫nexよりデビュー。
最新作『東京タワー・レストラン』発売中。
ショートシナリオや劇場用映画脚本協力等も担当、シナリオメイキングに幅広く携わる。
昔はボーカロイドで楽曲を制作しており、作詞から挿絵、動画まですべて自作していた。音楽は今でも愛好。
ユーモラスで優しい話が好き。

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