「どこでもいい。さぁ、行こうか。」 Vol.29 – 感謝の呼応

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友達が苦しんでいたとしても、友達が悲しんでいたとしても、友達が悩んでいたとしても、友達が死んだとしても。いずれ慣れる。人は悲しいくらいに慣れる。

当たり前のように明日は来るし、日常は止まらない。

その人が止まっているからと言ってこっちもそれに合わせて止まっていても意味がないし、しょうがない。

「助けられないものは助けない。」

少年時代におふくろから言われたこの言葉が頭に浮かぶ。
その当時からこの言葉が嫌いで助けられるものは今まで助けまくってきました。

どうも、自称中野のそこそこエンジェル、時々悪魔こと野村です。

とある企業から落ち込んだ売り上げを復活させてくれと言われそれにこたえ身を粉にして働いたり、
不幸な生い立ちの方のお話を聞いて、今背負っている病気の話を聞いて解決策を一緒に考えたり、
薬物依存症になった息子を更生させるために正月をつぶして四方八方手を尽くしたり、
何か機械関係で困った人に手を差し伸べたり、
とある企業の新商品を開発、販路開拓を手伝ったり、、、、

ところが「助けを求めてきた人や企業」って比較的調子に乗るわ、値踏みするわ、、、
「苦労対効果が見合わない」とは言いません。違うんです。
「助けてくれ!」って簡単にいうやつほど、おどろくほど感謝の念が薄くなっていくのです。
だから「せめて感謝は常にしてくれないかな!俺も結構損得勘定する人間だし!」

感謝の念が薄くなっている=調子に乗っている

という図式が完成した時、僕はその人や、その企業とお別れをします。

人のやさしさや好意を逆手にとり、甘えまくって自分だけが得をしようというその精神。
いかがなものなのでしょうか。

俺が変わりに言います。

「お前ら悪人だ。」

感謝を忘れるなよ。どんなに仲が良くてもそうだ。
感謝しすぎると何か不都合でもあるのかい?

ちょっと考えてみたけど見当たらないんだけども。。
デメリットがないじゃん。もし感謝という感情自体に何かデメリットがあるなら教えていただきたい。

俺はこんな素晴らしい感情はないと思っています。

周りの人間に生かされ、同時に周りの人間を生かす。

感謝の呼応、それが人生

これだ!今日僕がいいたい言葉はこれだ!一つよろしくお願いします。読んでくれてありがとうございました。また今度。

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野村 太一Yellow Studs(Vo.Key)

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ロックバンド、Yellow Studsのボーカル&キーボード。

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