神西亜樹「透明な林檎」 Vol.13 – TODAY

Today / AIR【Official Music Video】

「今日で一年だ」とジジノスケが言った。
ジジノスケは空想猫だ。黒毛で、モップみたいな見た目をしている。彼が我が家に住み着いたのは、たしか一年前というわけではなかったと思う。
曖昧だけどね。
よほど衝撃的な出来事でもない限りは、はじめて会った正確な日付まで覚えたりはしない。

「さては記念日とか苦手なタイプだろ」

その通りだ、と僕は思った。
学生の頃から歴史の講義は好きだったが、あれだって日付までは教わることは滅多にない。記念日が好きな人たちの記憶力を僕は心から尊敬するよ。あれは常人に備わる才能ではない。

「そういう言い方は人前ではするなよ。嫌われる原因になる」

しかし、ジジノスケが記念日を気にするタイプの猫だったとは思わなかったな。

「今日は別だ。俺にとっては特別な日だからな。お前にとっても一応、特別なのだが」

僕が気味悪がっているのを察知して、猫が苛立ちまじりの声で続ける。

「透明な林檎の連載がはじまって、今日で一年なんだよ」

そうだったのか。言われてみると、そうかもしれない。あっという間だな。ついこの前、第一回の更新をこの部屋で見て、文句を垂れていたように思えるけど。

「まあ、こことあっちじゃ時間の進み方が異なるからな」

猫がぼそぼそと何かつぶやいた。

「それで、記念日ときいて、何か感想は?」

正直に言うと、嫌だね。

「記念日が嫌いなのか?」

嫌いではないよ。ただ、「記念日」という言葉には「必ず波風が立つ日」という意味がくっついているだろ。その日が来ると、少なからず楽しくなったり、悲しくなったり、憂鬱にならなくてはならない。感情表現が義務付けられた日なんだ。
意味がわからない、と君は言うかな。じゃあ想像してみてほしい。今日、お前は誕生日だ、と言われて、何も感じない人間が果たしているだろうか。人は記念日に、無傷じゃ済まないんだよ。

「ああと、つまり、お前はいつだって穏やかに生きていたい平和主義者だってことを言いたいのか? だから波風が立つ日は嫌いだと?」

嫌いじゃないと言ったはずだ。ただどうしても、一つ目の感情が「うんざり」になってしまうんだよ。だって何もない荒野に急に旗を立てられるんだぞ? 今日は「云々の日」、たとえば、「海底バイパス手術の日」みたいな、よくわからない旗が、無遠慮に僕の生活の中にそびえたって抜けなくなるんだ。その旗は目立つから、目をそらすこともできない。僕は立った旗とは必ず向き合わないといけない。

「ふうん」

ただね、生きるってのは、記念日あってこそ意義が出るものとも思う。さっきも言ったけど、記念日という旗が立ってなければ、人生なんてただの荒野なんだ。波風が立たない世界は疲れないけど、いったい何が面白いんだろう。穏やかに目を閉じるのは心地いいけど、それは単に死が心地いいからに過ぎない。

「死んだことないくせに」と猫が言った。

結局、うんざりしながらも、僕は記念日には感謝している。記念日という目印があるから、前後不覚にならずに、僕は今日どうあるべきかを考え、次の記念日に向けどう歩くかを決められる。

記念日という旗が立ってなければ、人生って土台はただの荒野だけどね。記念日という旗が立つと、途端にケーキになるんだぜ。指で掬ってなめると、足元が甘くなってることに気づく。無遠慮に立ったろうそくのおかげでね。

くるり – BIRTHDAY

「俺は甘いもんは嫌いだ。猫だからな」

甘いもののない人生? それって生きてるって言えるの?

「あん? 気になるなら、教えてやろうか? 俺がこの家にある糖分をすべて処分して――」

僕は冷蔵庫の中のスイーツを守るべく、急いで席を立った。

「おい。玄関で呼び鈴を鳴らしてるやつがいるぞ」

ジジノスケがそう言ったので、僕は「何回?」と尋ねた。

「二回だ」

どうやら時間が来てしまったみたいだ。僕は玄関へ向かうべく立ち上がった。

神西亜樹

神西亜樹小説家・シナリオライター

投稿者の過去記事

2014年、『第一回 新潮nex大賞』大賞受賞。新潮文庫nexよりデビュー。
最新作『東京タワー・レストラン』発売中。
ショートシナリオや劇場用映画脚本協力等も担当、シナリオメイキングに幅広く携わる。
昔はボーカロイドで楽曲を制作しており、作詞から挿絵、動画まですべて自作していた。音楽は今でも愛好。
ユーモラスで優しい話が好き。

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