神西亜樹「透明な林檎」 Vol.14 – 犬の耳

おい見てみろ、と僕はすこし興奮気味にジジノスケに声をかけた。空想猫のジジノスケはあくびまじりにこちらによって来る。猫なので、昼夜が逆転しがちなのだ。僕はジジノスケの生活の半分も把握できていない。この前なんて「昨夜なにしてた?」と尋ねたら、バーで一杯やってたなどと言い出した。一笑に付したら、洗濯機の裏から領収書を持ってきた。

「レミオロメンか」

そう。僕が見せたのは、レミオロメンの公式YouTubeページだ。

「公式ページなんてあるんだな・・・しかも、すべての曲がアップロードされてる」

冗談みたいな光景だけど、公式マークがついているし、本当なのだろう。いまは活動していないバンドが曲を公開したりすることはあるけど、全曲公開はかなり思い切っている。

「とはいえ、話題にしやすくて助かるな」

以前、公式YouTubeのない昔のバンドは曲を共有し辛い、と愚痴を言ったことがある。僕はそこに過去との断絶を感じて悲しかったのだけど、レミオロメンは(すくなくともYouTubeがある限りは)誰しもがたどり着ける音楽であってくれている。

「レミオロメンといったら、三月九日か?」

一般的にはね。
個人としては思い入れがある、という前置きをした上でドライなことを言ってしまうと、このバンドはヒットした当時はまだ若いバンドで、思うように曲を提供できていないイメージだった。イントロやメロで煮え切らないはじまり方をするものの、後々になって歌詞がポジティブに羽ばたいていくようなものが多く、その構成にポップスとしてはどこか不安定なものを感じる――そんなバンドだったように思う。

COSMOS

ただ、僕はけっこうドンピシャの世代だから、思い入れの深い曲は多くあるんだ。具体的にはアルバム『エーテル』~『ホライズン』の時代だ。

どこかで話したかもしれないけど、僕がはじめてまともに聴いたレミオロメンの曲は、三月九日じゃない。友人の家で流れていたモラトリアムだ。この曲のサビの牽引力を聴いてくれ。

MORATORIUM

ボーカルが急に持ち上がって、それまでの流れを強引に拡張し、あたかも「伏線です」みたいな顔して突っ走りはじめる。当時の僕はバンプオブチキンがもたらす「ホップ・ステップ・ジャンプ」な安定した構成の曲しか知らなかったから、この勢いには大きな迫力を感じたんだ。

「ズガンと来たってことか」

なんだその八十年代みたいな表現は。
まあでも、音楽を作っていた頃、「あのサビ」は常に頭の片隅にあった気がする。
ともかく、『エーテル』の中での僕の一曲はモラトリアムだね。他にもアカシア、ドッグイヤー、コスモス、南風はよく聴いた。南風はレミオロメンにしては珍しく「ずっと聴きやすい曲」なんだ。変にダウナーにならず、こちらが欲しい通りに曲が進行してくれる。三月九日、粉雪と並んで、実力が発揮できるとすごいバンドだと感じさせてくれる一曲。

MINAMIKAZE

「ドッグイヤーってのはなんだ?犬の耳?」

DOG YEAR

栞代わりに、読んでいる本のページの角を折り曲げることだよ。
小説でページを曲げるなんてことはそうないだろうけど、雑誌とかではよくやるだろ。あれが、犬の耳のように見えるってわけ。
僕もこの曲ではじめて知った言葉だった。

「歌詞から日本語を知るってのはよくある話だよな。おっと。盛り上がってるとこ悪いが、玄関で呼び鈴を鳴らしてるやつがいるぞ」

ジジノスケがそう言ったので、僕は「何回?」と尋ねた。

「二回だ」

やれやれ。『ホライズン』の方の話もしたかったんだけど、どうやら時間が来てしまったみたいだから、またの機会にしよう。僕は玄関へ向かうべく立ち上がった。

神西亜樹

神西亜樹小説家・シナリオライター

投稿者の過去記事

2014年、『第一回 新潮nex大賞』大賞受賞。新潮文庫nexよりデビュー。
最新作『東京タワー・レストラン』発売中。
ショートシナリオや劇場用映画脚本協力等も担当、シナリオメイキングに幅広く携わる。
昔はボーカロイドで楽曲を制作しており、作詞から挿絵、動画まですべて自作していた。音楽は今でも愛好。
ユーモラスで優しい話が好き。

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