「どこでもいい。さぁ、行こうか。」 Vol.32 – 生きちゃおうかな

突然だけど「お父さん仕事って何?」って聞かれたとしよう(子供いないけど)。
なんて答えようか。

『働いてお金をもらうことだよ。』
『働いてお給料をもらうってことだよ。』
って答えが真っ先に浮かんできた。

けどこれじゃ何か足りない気がする。なのでこう答える。

『人のために働いてお金をもらうことだよ。』

つってね。人のためにってのが付け加わることでかなり深みをました。わかりみが深いし、ふかみもふかみってね。

するとおそらく子供はこう返してくるだろう。

「何で働かなきゃいけないの?」ってね。

『お金がないと生きていけないからだよ。』
『家族を養うためだよ』
って答えが妥当なのかなと。しかしこれではまたパンチが効いてない。

別に働かなくてもいい。けど感謝して、感謝されるために働く方が楽しいんだよ。

って答える。子供もきっと「お父さん当たり前なことしか言わないね!」って言ってくるだろうけど、『当たり前こそ真実なのだよ。己も40歳になればおのずと分かる。』

うん。。なんか俺はおやじに向いてないかもしれないな。けど何か大事なことを伝えたい。

どうも。先日40歳の誕生日を迎えた野村です。

18歳で上京して22年、色々な事があったようななかったような、あっという間でした。色々な仕事をやらせてもらったな、としみじみ思い出しています。色々なバイトもさせてもらって、色々な仕事もいただいて、生かされてきました。そしてその経験が本職バンドというものに上手に生かせてるのかなと思います。
私利私欲のためだけに働いたこともあります。ただそれは思い返せば、たとえ実入りが良くても僕の人生とは相性が悪かった気がしています。

受給者でも経営者でも大事な根っこは一緒。
当たり前のことなんだけど「人のために働く」ってのが一番大事なのではないかと改めて痛感しています。

バンド活動17年目を迎えた今、僕は間違いなく人生の転機に立っています。

突然ですが、6年前の34歳の時に僕はうつ病と診断されました。

そこから投薬治療を試みましたが一向に良くなりませんでした。薬は増え、不安ばかりが付きまとう毎日。
仕事がない日は無理やり仕事を探して、何か一つでも未来のためにやらなければならないといった脅迫観念のもと日々を生活していました。

休んでくださいと言われても休み方が分からない。
ありゃりゃ、また今日も一日終わってしまった。
外に遊びに行っても罪悪感しかない。

そして悪化の一途をたどりました。左胸の疼痛は日に日に悪化し、服用していた薬(ベンゾジアゼピン)の減薬をするのに2年を費やしました。
朝起きて、ソファーで天井を5時間眺めてはじめて身体を動かす、そんな毎日を送っておりました。

今年の5月から左半身が勝手に動くようになりました。トゥレット症候群(チック)かなと思っていました。結構大胆に動くので周りからは変な人って目で見られていました。

(あー、まずいな。俺、一生こんな感じで生きていくのか。まぁしょうがないか。)

なんて思って迎えた6月、奇妙なうなり声をあげるようになりました。疼痛と倦怠感としびれがピークに達するとビブラートがかかったうなり声が出ちゃうんです。

そして程なくして普通に歩けなくなりました。ひょこひょこ、ぼよん!みたいな歩き方です。Amazonでかっこいい杖を買おうかな、なんて思っていたら更に追い打ちをかけるような出来事が起こりました。勝手に思ってもいないことを喋るんです。

まずいなー。さすがに喋ってしまうのはまずいなー。人間って不思議だなぁ。なんて思っていました。

汚言症でもない、トゥレット症候群でもない。どこの医者もお手上げ状態。日に日に疼痛が悪化していく日々。

ひょんなことから友人に「解離性人格障害じゃない?」と言われました。調べてみると多重人格って呼ばれている病気でした。本も買って調べてみたところ、かなり当てはまることが多い。そこからは病院探しの毎日でした。

幸運にもこの病気の専門医と出会うことができました。東京に住んでいて本当に良かったと思いました。

なので今は治療中です。俺うつじゃなかったみたいです。
医師曰く
「うつ病の薬をそんなに飲んでいてよくならないならもうそれは鬱じゃないんです。誤診とみていいかと思います。」

たしかに。なるほどな。
ということで療養中です。

なので変なことを発信しないように、念のためSNSを全部消しました。僕の場合、内在性解離という症状なので、別人格に別名があるわけではありません。全員「野村太一」です。

別人格に代わっている間も、主人格の意識は飛ばずに別人格を傍観している状態なので、どの人格の時でも記憶はめちゃくちゃあります。が、念のため消しておきました。

間違えて大好きだった趣味の写真アカウントまで消しちゃったので、そこは静かに再始動します。

よくTVでは病名を伏せたりしていますが、僕は病名を告白します。

うつ病と診断され、何年も投薬しているのに治らない人達への参考として、また解離性同一性障害・内在性解離で苦しんでいるかもしれない人の参考になればという思いで、最後のコラムを書いています。
この告白で誰かを傷つけるわけでもないのでここに記します。

「この経験をいつか誰かのために生かしたい」という新しい希望も出てきました。
病気になるのも悪いことだらけじゃない。って今ではそう思っています。

最後に、俺を助けてくれるために色々考えたり調べてくれた友達たち、両親、そして何より毎日支えてくれている嫁よ。本当にありがとう。

この御恩は必ず返します。

みじめでも笑われても、生きることが俺の使命だ。

最後に編集長、最後の記事になりますが最後の最後に非常に有意義なことが書けたと思っています。少しでも苦しんでいる人のために。

皆様のますますのご健勝とご多幸をお祈りしまして、

ROCK。

野村 太一

野村 太一Yellow Studs(Vo.Key)、音楽制作、web制作、デザイナー、ナレーター

投稿者の過去記事

18歳で上京。美容専門学校に入学するも途中で退学。家賃29000円の風呂なしアパートやら転々としつつ中野に腰を据える。
数々のバイトで食いつないできたが、30歳で晴れてバンドやら何やらで生計を立てることになる。
社会人経験ゼロのダメ人間。

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