神西亜樹「透明な林檎」 Vol.15 – ダーティ・ナイト

最近、久しぶりに音楽を聴いてるんだよね。

「なんで急に嘘をついたんだ?お前のいるところには常に音楽がかかってるだろ」

ジジノスケの視線には、心配が混じっているように思える。僕はそんなに変なことを言ってしまったんだろうか。

「いいか、神西。お前の纏う記憶のワイシャツが・・・おい、この表現、ちょっと小説っぽくないか?」

いいから続けて。

「記憶のワイシャツのボタンを、どこで掛け違えたのかは知らんがな。事実だけを語るなら、お前は毎日音楽を流している。朝から晩までな。もしもお前の家に、日中に眠るタイプのペットがいたとしたら、うるさくてうるさくて、不眠症になってガリガリに痩せちまうだろうよ」

丸々と肥えた猫が力説する。

「特に仕事中なんか、一定の調子のBGMをかけ続けているだろ。ローファイ・ヒップホップやダウンビート・ミュージックをさ。忘れたか?お前の部屋は音楽の王国だ・・・おい、音楽の王国って表現――」

僕はジジノスケの言葉を制した。言葉が足らず、誤解を招いてしまったことを充分に理解したからだ。
僕は音楽を「聴いている」と言った。この聴くは「意識的に耳を傾けてる」って意味なんだよ。なんとなく「聞いている」状態とは違ってね。

「めんどうな理屈を持ち出してきたな」

YouTubeって本当にすごくてさ、一度、音楽を掘り始めると、いくらでも知らない曲が関連動画に出てくる。しかも、そのどれもが百万再生クラスのものなんだよ。僕の知らないヒット曲が、こんなにもたくさんあって、こんなにも気軽に見つかる。そのことが衝撃で、圧倒されて、気づけば何時間も曲を漁っていたりする。

「そういえば、最近はいつもと違う調子の曲が流れていたりするな。日本語の曲も多い」

そこだよ、と僕は言った。日本人の音楽を楽しむということも久しぶりにやってる。
たとえば、これ。

不可幸力 / Vaundy :MUSIC VIDEO

ここ最近知った曲の中では一番好きだった。ヒップホップで細かな挙動を見せるメロが、進行に従い徐々にひらかれ、メロディを持っていく。箱状だった音楽が解体され平らに広がっていき、別の顔を見せていくような音楽で、入れ子構造のMVもそんな曲の個性を見事に表現していると思う。

「Vaundyは、わりと有名なアーティストだろう。猫でも知ってる奴は多い」

そこなんだよ。たぶんVaundyは十代なら当たり前に知ってるようなアーティストだと思う。でも僕は、なんとなく聞いたことあるな、くらいのイメージしかなかった。だから偶然聴いたとき、曲の完成度が余計に大きなインパクトを持っていた。

東京フラッシュ / Vaundy :MUSIC VIDEO

音楽に関する感度が、いつのまにか随分と落ちているんだなと思い知らされたね。

「それは、趣味嗜好が洋楽に寄ったってだけじゃないか?お前だって海外のアーティストの新曲は、リリース日にちゃんとチェックしてるじゃないか」

十代の頃は、趣味嗜好以外の音楽というのも、それなりに把握できていたんだよ。音楽が好きなら、音楽を探す。探してれば再生数の伸びている曲とは自ずと出会うことになる。
その探すって行為が、大人になるといつしか億劫になっていくんだ。歳を重ねると、「自分にとってどんな曲が合うか」という難題の答えが見えてくるし、「人生を共にできる音楽」というのも両手いっぱいに抱えられるほど発見を済ませている。そうなると、新しい曲と出会う「理由」の部分が、じわじわと希薄になっていく。
それでもいいのかもしれない。困らないしね。でも、僕は最近、久しぶりに音楽を聴いてみて、それじゃもったいないなと思った。

「好きに探せばいいさ。ただし、音量は考えてくれよな。俺の寝てる時間は特に」

僕は肩をすくめる。

「おい。玄関で呼び鈴を鳴らしてるやつがいるぞ」

ジジノスケがそう言ったので、僕は「何回?」と尋ねた。

「二回だ」

やれやれ。僕はマウスをカチカチやって、部屋を新たな音楽で満たしてから、玄関へ向かうべく立ち上がった。

神西亜樹

神西亜樹小説家・シナリオライター

投稿者の過去記事

2014年、『第一回 新潮nex大賞』大賞受賞。新潮文庫nexよりデビュー。
最新作『東京タワー・レストラン』発売中。
ショートシナリオや劇場用映画脚本協力等も担当、シナリオメイキングに幅広く携わる。
昔はボーカロイドで楽曲を制作しており、作詞から挿絵、動画まですべて自作していた。音楽は今でも愛好。
ユーモラスで優しい話が好き。

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